黒沢咲のポン!
しがみついた親番
強気のヴィーナスが目指した
最高の一手
文・後藤哲冶【木曜担当ライター】2023年10月5日
「ポン」
聞きなれない声が響いた。
その発声の先は黒沢咲。このMリーグで一番、「ポン」や「チー」といった副露を使わない選手。
その表情はいつもと変わらない、穏やかな笑みを湛えているものの、残り点棒は12000点で最後の親番を迎えており、まさしく窮地に立たされていた。
この日の第1試合、チームメイトの萩原が南4局に見事なテンパイキープの鳴きで放銃を回避し、2位を持ち帰っている。
TEAM 雷電はここまで100ptのプラスを積み重ね、好スタートを切った。
今までのシーズンであれば、黒沢が稼ぎ頭になることが多かったが、今シーズンはチームメイトの頼もしい活躍に支えられている。
黒沢も、チームの好調の波に乗ることができるか。
10月6日 第2試合
東家 仲林圭 (U-NEXT Pirates)
南家 黒沢咲 (TEAM雷電)
西家 高宮まり (KONAMI麻雀格闘倶楽部)
北家 醍醐大 (セガサミーフェニックス)
この第2試合は、序盤から激しい叩きあいとなった。
開局直後、目にもとまらぬ速さで単騎のチートイツでリーチをかけると、これを一発でツモアガり4000オールの加点。
東3局は醍醐が3件リーチを制して1300、2600をツモアガって加点に成功。
東3局1本場に仲林への8000の放銃となった高宮も、南1局にその仲林から8000点を奪い返して戦線に復帰。
トップを再び狙える位置まで戻してきた。
ここで、冒頭のシーンに戻る。迎えた南2局。黒沢はここまでまるでと言って良いほどに手が入らず、苦しい戦いを強いられてきた。
思い返してみれば、黒沢の今シーズンの戦いはこういった展開が多かった。
手が入らず、ただ座っているだけで点棒が減っていく、そんな展開。
「ポン」
そんな嫌な空気を振り払うかのように、声が響いた。
これ以上黙って見てはいられない。これは役牌のをポンしなければ、受け入れが狭く、テンパイまでが遠い。
対局後に黒沢はこのシーンの事を、「細い糸を手繰っていかないと、アガリが難しそうだった」と語る。
その細い糸を手繰り寄せて、この半荘初アガリをモノにする。ドラ1の3900。
高打点で知られる黒沢からすれば、物足りない点数であることは間違いない。
しかしこれが、反撃の狼煙だった。
続く1本場、醍醐からのリーチを受けるも、黒沢は通っていないを切り飛ばした後。
ツモで、追い付いた。
しかしその直前に高宮もリーチをかけており、2件リーチに状況は変わっている。
は2人に通っておらず、自身の待ちであるは、が既にもう全て河に出てしまっていて、残るはのみ。
のトイツ落としでテンパイだけを狙いにいく選択もある。
勝負に行きにくい理由は、あまりにも多い。
それでも、黒沢は目を閉じて。
1つ、自身を納得させるように頷いた後。
「リーチ」
とそう力強く発声した。