【麻雀小説】中央線アンダードッグ 第52話:金髪【長村大】

中央線アンダードッグ

長村大

 

 

第52話

 

「リーチ」

 

 

東の1局、さっそくトイメンの親からリーチが飛んでくる。まだ3巡目だ。トイメンは龍王位戦が始まったころに優勝したベテランのプロで、攻めの強さに定評がある。

おれは自分の手牌に目を落とす。

 

 ツモ ドラ

 

現物はない。

どう凌ぐか──。

 

 

数日前、美容院に行った。カットとカラーをするためだ。明るい金髪にしたかった。

気が向くと金髪にするのは昔からだが、普段は自分で髪の毛を染めている。薬局で何百円で売ってるやつだ、もちろん美容院でやってもらったほうが仕上がりはいいが、おれは死ぬほど美容院が嫌いなのだ。これはもう100%偏見なのだが、美容師のやつらときたら話していないと死んでしまう病気なのだろう、しょうもないことを次々と話しかけてくる。おまえと気候の話なんぞしたくないし、平日お休みのお仕事ですかだと? 年中休みだバカ野郎、高い金払ってそんな苦痛を味あわされるのはまっぴらごめんである。

だが、こんなときくらいは、と思ったのだ。カットとカラーで二、三時間はかかるが、こんなときくらいは、だ。

おれは持参した古い麻雀小説、もう何度読んだかわからない最終巻のページを黙々とめくる、なるべく話しかける隙を与えないように。しかしやつらもまた、剛の者だ。

「麻雀、お好きなんですか?」

ハタチそこそこの女子である、おれとは対極に位置する生き物だ。

「ああまあ、アハハ」

人の読んでいる本を覗き見るなよ、と思いつつも愛想笑いだとわかるように愛想笑いをする。しかし残念なことに、彼女の攻撃力はおれのバリアを悠々と破ってくる。

「そうなんですね、わたしも麻雀好きなんですよ! 最近インターネットのテレビでプロの人がやってるの、たまに見てます!」

へえ、と思った。本当にそうなんだな、そういう人が増えてるんだろう。歌舞伎町で東風戦打ってては実感できないことである。

「そういうのがあるんですね、すいません、知りませんでした」

おれは躊躇なく嘘をついて会話を終了させた。彼女はきちんと仕事をしてくれた、やはり自分でやるよりきれいだ。

 

 

一つ、呼吸を整える。

エイ、と初牌のを放る手もあるか、ツモに恵まれれば自分がアガることもあるかもしれない。

だが、と思う。あと何枚押せばテンパイするのか、ここは慎重にオリたい。

カンは十分あり得る。一発に手役が絡めば、いきなり落馬になりかねない。

リーチの捨て牌はすべて手出しだった、ならばだ、これで3巡凌げる。静かに卓に置く。通った。

その3巡の間に安全牌ができ、終局までベタオリに困ることはなく、また親にツモられることもなく流局となった。

 

 ドラ

 

一人テンパイで開けられた親の手牌を見て、ヒヤっとした。がロン牌だったのはあくまで偶然で、通ることのほうが圧倒的に多い。だが、雑な放銃を避けられたのもまた、事実である。気分は悪くなかった。

かつてであれば、放銃にまわっていたかもしれない。

安全牌のない、ドラが2枚のリャンシャンテン。これくらいは、で押していた可能性はある。がロン牌であるかどうかに関わらず、オリる、という選択をできたのは──かつてはそれができなかったのであれば──明白な進歩、上達であろう。むろん、昔はどうしていたか、などというのも今となっては想像するしかなく、またその想像が正しいかどうか検証する術もないのだが。

だがなんとなく、戦える気がしてきた。

始まる前は少し、いやだいぶビビっていたのだ。

カメラを背に麻雀するのも久しぶりだったし、おれの人生においてそんなことが再び起こるとも考えていなかった。かつては無根拠にあった自信も、今はもうない。恥ずかしい話だが、勝ちたい気持ちよりも、無様な姿を晒したくない気持ちのほうが上回っていたかもしれない。それこそが自信のない証左でもあろう。

しかし最初の一局を丁寧に打てたことで、そして結果的にだが放銃を回避できたことは、少しの自信に繋がった。やれる感触。

 

たったの半荘一回勝負、まずはここを2着以内で終えれば、次のラウンドに進むことができる。アホ面さげた金髪のおっさんにも、チャンスは平等だ。

 

なにはともあれ、始まったのだ。

 

 

第53話(10月5日)に続く。

この小説は毎週土曜・水曜の0時に更新されます。

 

長村大
第11期麻雀最強位。1999年、当時流れ論が主流であった麻雀界に彗星のごとく現れ麻雀最強位になる。
最高位戦所属プロだったが現在はプロをやめている。著書に『真・デジタル』がある。
Twitterアカウントはこちら→@sand_pudding
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