この14枚から何を切るか。
イーシャンテン維持・チンイツ移行を考えると、かを切りたくなる。
しかし茅森は
ここでも柔らかくを切った。
こうしておくことで周りの縦横に対応できる。
そしてツモの裏目は激痛となるが、一応手は進む。
さきほどは好形にこだわって結果放銃してしまったが、スタイルは崩さない。
をキャッチして…
「リーチ!」
コバミサ「こころなしかリーチの声もほがらかに聞こえます」
ルンルンのほがらかリーチを…
ほがらかにツモ! 裏も乗っけて6000オール!
連続の跳満アガリで、松ヶ瀬の背中を捉える。
もし2巡目の場面でを切っていたら実っていないアガリだった。
実質的な最終局
「最後の勝負局だった」
終局後の松ヶ瀬が語ったのが、次の1本場である。
まずは石橋の6巡目。↓
テンパイしたが、どちらに受けても1枚ずつ切れているカンチャン待ち。
が役牌だけにヤミテンに構えるかと思いきや、たろうの捨て牌が変則的なこともあり…
カンでリーチを打つ。
その一発だった。↓
松ヶ瀬もリャンカンでテンパイ!
しかしトップ目だけに押し引きが難しい。
石橋に任せてオリるという手や、保留のダマテンという手もある。
近代麻雀誌上「追憶のM」の原作のために、私は松ヶ瀬を取材した。
そのときに一番感じたのは「揺るぎない自信」だった。
学生時代の松ヶ瀬は、何をやらせても同級生たちを圧倒した。
その中でも柔道では北海道大会で優勝。
しかし(これでは日本一になれない)とすっぱり諦める。
学生のときに日本一とか、普通は考えないよね?
そして柔道よりも自信があったのは絵画だという。
とにかく絵のうまかった松ヶ瀬だが、見る人によって評価が分かれることが気になり、やはりすっぱり辞めてしまう。
その後、どうせなら今まで興味すらなかったことに挑戦してみたいと思い、調理の道に進み、ここでも成功を収める。
取材していて「漫画の主人公かよ」とツッコミたくなったが、いや漫画の主人公にするんだったわ、と納得してしまった。
そして燻っていた思いのある麻雀の道へ進んだ松ヶ瀬。
多くのタイトルを取るも、いかんせん時期が遅かったか、Mリーグへの道は遠い。
その中で行われた風林火山オーディションで「これがラストチャンス」と意気込み見事優勝。Mリーグの扉を自らの手でこじ開けた。
松ヶ瀬は、ここぞの勝負どころの見極めが長けている。
それは野球・柔道・絵画・調理… 多くの業界のトップを見てきた松ヶ瀬独特の感覚なのではないだろうか。
もう一度先ほどの場面に戻る。
無理にいく必要のない場面に見えるが、ソウズの場況がいい。
特に。
石橋
←リーチ
たろう