下家の因幡がピンズの染め手だとわかるからこそ、この余るピンズが打てない。
相手はもうが余ってきている。テンパイだってなんらおかしくないのだ。
完全にオリて、或世が最後のツモ番を終えた。
しかし、ここから運命の歯車は狂いだす。
因幡が切ったを、勝がポン。
もう無いと思っていたはずのツモが、思いがけず或世にやってきた。ハイテイのツモ番。
ピンズは切りたくない。マンズとソーズから選ぶとすると、勝に通っている牌はない。
或世が選んだのは、対面の天開が切っていて、勝が鳴いていない、。
これが、最後にテンパイを入れていた勝に突き刺さる。
ホウテイドラドラ赤の8000点の失点。
「マジかよ……」
もし或世が麻雀始めたてのままだったら、因幡のホンイツにすら気付かず、自分の手都合で真っすぐに進めたかもしれない。
そうするともしかしたら、或世はこの手をテンパイ、もしくはアガリにまで辿り着いていたかもしれない。
残酷だが、それが麻雀だ。
けれど、だからといって、じゃあ勉強しなければ良かったのかと言えば、絶対にそんなことはないと断言できる。
少しでも勝てる確率を上げるために行ってきた或世の努力は、今日結果が出なかったとしても、絶対に無駄なんかじゃない。
東4局は天開が勝から3900をアガって、ファイナル第2試合は南場へと突入する。
トップ目に立った天開だが、その差は僅か。
チーム状況を考えれば、もっと大きな加点をしたい親番であることは間違いない。
少し、今シーズンの天開の話をさせて欲しい。
天開司は、神域リーグの主催者である。
日々の配信活動、更には様々なイベントが間に挟まりながら、天開はこの神域リーグを成功に導く努力をしてきた。
全体の主催でありながら、自らも選手として出場。
主催の天開司である時、本当はあまり私情は挟みたくなかったはずだ。
しかし選手としてあまりにも結果が残せず、序盤は気丈に振舞っていたものの、シーズン途中から天開は放送の最後に姿を見せることをやめた。
苦渋の決断だったかもしれない。
それでも、天開は空元気で皆の前に出ることより、少しでも長い時間麻雀と向き合って、勝って、本当の意味で元気に皆の前に出ることを選んだ。
まさしく「地獄」のような日々は、長かった。
どれだけ良い打牌をして、時にアガリを拾っても、トップが遠く。
チームのプラスに貢献できず、悔しい想いをした。
麻雀を愛し、この大会を企画した男に対して、麻雀の神様はいつだって冷たかった。
……対局に戻ろう。
天開の手牌が、少しずつ、進んでいく。
テンパイが、入った。リーチのみと、打点は低い。
しかし親でリャンメン待ちであれば、もちろんリーチに打って出る。
渋川監督からグラディウスの面々が何度も教えられた事。リーチは強いんだ、と。
言葉を選ばずに言えば、この局の天開は至って普通だった。
特筆して良い打牌があったとか、少し違った工夫をしたとか、そういったことは、無かった。
むしろ今までの地獄のようなシーズン中の方が、天開の素晴らしい打牌はいくつもいくつもあった。
――麻雀の神様は、時に天邪鬼で。
この何の変哲もない、リーチ。
けれど、いっそ愚かしいまでに麻雀を愛した男が打ち続けた、このリーチに。
「……ご無礼」
麻雀の神様は、最大級のご褒美を用意して待っていた。
リーチ一発ツモ、裏3。
「ありがてえ……!」
天開司。それは麻雀を愛した男の名前。
最後の最後に、天開の想いに牌が応えた瞬間だった。