一発はなかったものの幸運であったのは、その後、誰からも強く押し返される事なく春風に乗るかのように一人旅が続いた事だ。

特別に力むこともなく、いつも通りの呼吸で牌を切り続ける白鳥。
その手つきには、焦燥(しょうそう)も迷いもなく、ただ静かに勝機を待つ研ぎ澄まされた気配があった。
しかし、次の瞬間…僅かに白鳥の眉が下がり、見開かれた瞳が静かに盤面を捉える。

白鳥
「スゥーッ…。」
スタジオに備え付けられた高感度マイクは、その僅かに漏れた吐息すらも、確かに拾っていた。その視線の先には、想定していなかった未来が牌の形を借りて姿を現していたのである。

黒沢へ
一盃口1,300点の放銃。
麻雀とは有限の牌から成る組み合わせ…
その声には、かつて自らも同じ苦しみを味わってきた者にしか出せない、静かな優しさが滲んでいた。
彼女の放ったその一言が、どこか人情の温度を帯びて、卓上の空気をやわらかく包み込んでいく。
そして、人と人の見えない感情が卓上で交差した時、麻雀は美しく、そして時に残酷なまでに無限のドラマを生み出す事に。
そんな物語の渦中で、白鳥に更なる試練が迫っていた。
南2局

点棒状況を整理しておこう。
白鳥は23,800点を持ちながら、親番で迎えたこの局も3着目に甘んじている。
そして今、卓上にはラス目・瑞原のリーチがかかっている状況だ。また補足するまでもないが、この試合における渋谷ABEMASのミッションは、ただ一つ。
“トップ以外は、すべて敗北に等しい”
そんな現実が、目の前に立ちはだかっていた。

レギュラーシーズンでは何度も苦しいチームを救ってきた白鳥。そして今もまた、絶体絶命のピンチに立たされたチームを救うため、その翼を広げて舞い上がろうと“ある1牌”を選択する。それは自分が信じる道…

切りで我慢する選択であった。

振り返りの検討配信。
サポーターからは「ラスになってでも、トップを取る為に攻め切って欲しかった。」というコメントが飛び交う。
しかし、白鳥はその声に対して、忖度も装いもなく真っ直ぐ、こう答えた。
白鳥
「違うんだよ。トップを取る為に、この局は我慢するんだよ。」
それは、白鳥の強さの証明だった。トップを取らなければ意味がない。その命題を背負いながらも、すべての局面で攻め込むことが最善ではないと、誰よりも理解している。
白鳥
「仮に親被りで満貫をツモられたとしても、自分が打ち込んでトップと点差が開くよりは、その方がまだトップに近づけると思ったんだよね。」
思考を手放し、ただ突き進むのではない。残り局数と点差などを全て把握した上で、最良の道を選び続ける“冷静さ”と“信念”。
無謀な勇気ではなく、研ぎ澄まされた理性の先にあるオリる勇気。それこそが、“白鳥翔”という打ち手の、背に広げた翼であり、信じる未来へと静かに羽ばたく為の力なのである。
そして、更なる白鳥の強み…

それは、カンを引き入れて一歩進んだ瞬間。選ばれた打
に隠されていた。

よく見ると、はリーチ者には通っていない。では、現物が無いのか? いや、そんな事は無かった。よく探すと
という選択肢が、手元にちゃんと残されていたのである。この時の思考を続けて、こう答えた。
白鳥
「を切っちゃうと、テンパイの道はほとんど消える。でも、
なら単騎くらいにしか当たらなそうだし、もしこの後
とか
が通ったら… そこでテンパイに届く最後の希望が残るからね。」
大きく受けに回っていたとしても、微かに灯る希望の光だけは消さない。
この局、白鳥は瑞原に“想定内”とも言える満貫ツモを許してしまう。しかし、トップ目との差を最少失点に乗り切って迎えた南3局1本場──
遂に、逆転トップへの扉が静かに開かれようとしていた。

トップ目の親番・太とは13,700点差。供託2本と1本場を加味すると、ここでの満貫ツモはトップ目でオーラスを駆け上がる事を意味している。

白鳥はここから

打とした!