【麻雀小説】中央線アンダードッグ 最終話&あとがき【長村大】

中央線アンダードッグ

長村大

第61話

 

JR吉祥寺駅の北口に出る。正面の横断歩道を渡ると、Tデパート方面に向かう商店街と五日市通りに向かう商店街がそれぞれ垂直に延びている。どちらに向かってもいいのだが、今日は後者にする。

アーケード内には吉祥寺に住む有名漫画家が描いた女の子の絵が延々と飾られており、雰囲気は明るい。商店街の終わり直前、若者向けの複合アミューズメント施設が現れる。ここはかつて長い間、吉祥寺が誇るインディペンデント系の映画館があった場所で、何回通ってもこの忌々しい景色に慣れることはない。

五日市通りに出て、左に折れる。八幡様の交差点を過ぎ、さらにまっすぐ歩いていく。別に急いではいない、ゆっくりと10分ほど歩くとおれの母校があり、その手前のラーメン屋に入る。

ここはかつて黄色い看板で有名な店の2号店だったのだが、一部の人間に語り継がれるいくつかの物語を経て数年前に閉店した。その後、その店を愛した青年がまったく別のラーメン屋を始めた。天井にはかつての店の品書きがひっそりと貼られており、来るたびにおれはそれを見上げる。

店を出て再び駅への道を歩く。昔と変わらない制服を着たはるか後輩たちも、ある者は友人たちとくだらないお喋りに興じながら歩き、ある者は自転車で風を切って追い抜いていく。

好きだった映画館もラーメン屋もなくなった、映画館はクソほどの価値もないどこにでもある施設に建て替わり、ラーメン屋はそこにしかないラーメン屋に生まれ変わった。おれにとっての吉祥寺が吉祥寺たる理由である場所や店は、どんどんなくなっていく。例えばそれは薄暗いビルの地下にあった、制服でタバコを吸ってもなにも言われなかった喫茶店であり、狭い階段を3階まで上がった先にあるレコード屋であり、ラブホテル街の中に忽然と姿を表すボウリング場だ。

まだ残っているところもある、近鉄裏エリア──近鉄デパートなんて太古の昔になくなったけれど、おれは頑として呼び方を変えない──の古いお好み焼き屋、映画館の屋上にあるしみったれたバッティングセンター、だがそれらもいつか、あるいは近い将来になくなるだろう。そしてそういうもの達をおれは愛する、いつか滅びゆく、その日まで変わらないもの達。

もちろんそんなのは年寄りの戯言で、新しくてキレイで便利なもののほうがいいに決まっている。おれだってそうだ、誰だってそうだ。けれど、と思う。何十年も一つ所に留まって変わらない、まるでおれを見てるみたいじゃないか。

そんなことを思いながら、スマートフォンを出して時計を見る。午後3時、酒を飲むにはまだ早い。いや酒を飲む時間に早いも遅いもないのだが、便宜上そういうことにしておく。そしておれはとある店の扉を開ける。

 

 

あの試合から一年近くが過ぎていた。結局優勝したのは、オーラスの親でカジをまくったプロだった。見事な逆転劇だったが、おれはそれを上家から見ているだけの存在だった。

その後、おれは生活を少し変えた。

東風戦の打ち子をやめて、カタギの仕事を始めた。

ひょんなことから知り合った社長に誘われ、パチンコ台の開発に関わることになった。メーカーからの下請けだが、最初にデバッガーを半年ほどやり、その後はフリーランスでディレクション、要は企画の仕事をしている。別におれの仕事っぷりが優秀なわけではない、単に極端な人手不足なのだ。ある程度のパチンコの知識、ある程度の勤勉さがあれば誰でもできる仕事だ、特別な技術は必要ない、プログラムが書けなくてもかまわない。

だが、と思う。いずれこの仕事もどこやらへうっちゃるだろう。最初は知らないことだらけの世界で楽しかった、だが今はどうだろうか。すでに退屈の毒はおれの身体を侵しはじめている、そして退屈だけがおれの敵だ。

いずれにしろ先のことはわからないし、考えない。そのツケは将来のおれに払ってもらうしかない。

そして、おれのおれとの約束通り、麻雀もやめていた。

やめていた。

 

 

店は活況を呈している。入口近くの待ち席に座していると、しばらくして店員に「小山田さん、どうぞ!」と声をかけられる。おれは彼が座っていた席に着く。

あの試合でおれの上家にいた漫画家が経営する雀荘、歌舞伎町とは違うテンゴの「健全な」店だ。

結局、おれは再び牌に触ってしまっていた。一か月ほど前だろうか、退屈を自覚したその日からだった。たったの一年弱、おれはおれとの約束すら守ることができない。

 

半荘四五回、ぼちぼちの時間になった。おれは店員にラス半を告げて、席を立つ。店を出て、正面のバス通りを右に歩く。店にふさわしい小汚い階段を降りて「ピート」に入る。

今日も客はいない、狭い店にも関わらずソカベは相変わらずスマホを見ながらニヤニヤしていておれが入ってきたことにも気付かない。いつもの席──カウンターの一番隅っこだ──の椅子を引く音でようやく気付く。「いらっしゃいませ」くらい言ったらどうだ、とももう思わない、ソカベが無言のまま赤星の中瓶を開け、二つのグラスに等分に注ぐ。儀式めいた、変わらない行動。

「はい、お疲れ」

やっと口を開いたソカベと、これも儀礼的にグラスを合わす。

ふと壁にかけられたモニターを見ると、麻雀の放送が流れている。三年目を迎えて、さらに人気を博しているmjリーグだ。コニシが打っている、ソカベと二人、それを眺める。

 

 

少し、飲み過ぎたかもしれない。あの後に常連が何人か来て、くだを巻いたりおだを上げたりしているうちに終電を逃した。

外に出る、通りにはもはや人はいない。履きなれたパトリック・マラソンで午前3時の冷えたアスファルトを踏みしめる。

いろいろなものに負け続けてきた、麻雀も趣味の音楽も、全部負けた。自分との約束にも負けた。そしてこれからも負け続けるだろう。だが思う、まあそれでもいいだろ、一応生きている、死ぬまでは。酔いのせいもある、少しセンチメンタルになっているのかもしれない。

 

いつかのように、歩いて帰ろうと思った。調べてみると一時間と少し、ちょうどいい酔い覚ましだ。

だが知っている、30分も歩くと面倒になって、結局はタクシーを拾ってしまうのだ。そうわかっていて、おれは歩を進める。

 

 

                                  (了)

 

 

 

 

 

【あとがき】

 

えーと、なにはともあれ、終わりです。

約60回、週2回の更新なので30週、長いのか短いのかよくわからないけれど、読んでくださった皆さま、ありがとうございました!

 

最初はMリーグの観戦記だったんですね、昨季の。その後に再び竹書房の金本さんに連絡もらって、「また観戦記かな?」と思ったんですよ。そうしたら「小説やりませんか?」と。

はるか昔にライターめいた仕事を齧ったことはありますが、フィクションはまったく未経験。小学生のころに星新一のまねごとをしたくらいです。正直言って自信はなかった。それを正直に「私小説じみたものになっちゃいますけどいいですか?」「スカっと爽快! みたいなのは無理そうです、なんか暗い話になりそうなんですが」と伝えたところ、「それでも全然いいです」とのお返事。それならば、と思って引き受けさせてもらいました。

 

「中央線アンダードッグ」は、一応「事実を基にしたフィクション」という立ち位置です。ですが、はっきり言ってこれが小説として成立しているのか、おれにはわからない。たぶんしていないのでしょう。

同じ例えを忘れて二回使ってしまったり、勢いにまかせて書きたいことを書いてたら結局麻雀は出てこないしそもそもなに言ってるのかわからなくなったり、普通に言葉の意味を間違えて使ってしまったり。恥ずかしいことばかりです。

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