ツカねえなあ~
ボヤき続けて二十年
フリー麻雀の前身のバラ打ちの時代に、私たちが鹿内さんと呼んでいた小太りの中年男性がいました。
どうやら本名じゃなくて、麻雀中の激しい舌打ちが原因で鹿内と呼ばれていたようです。
当時のほとんどの麻雀打ちは、ツキや勝負の流れを重要視する傾向が強くて、彼の口癖は
「チッ、ツカねえな~」
でした。
振り込んで舌打ちするだけでなく、自分がアガっても、安目だったり裏ドラが乗らないと、
「チッ、何でだよ」
です。
振り込んだ人はもちろん気分が良くありません。
リーチ・一発でトイトイ・三アンコをアガった時など、次のツモ牌が四アンコだったのを見て、
「チッ、やってられないよ」
です。
当然みんなの嫌われ者ですよね。
鹿内さんは、勝ってて多少機嫌が良い時は舌打ちが少なくなりますが、その代り、相手がアガると、眉間にシワを寄せて微妙に首をかしげるんです。
たとえば相手が悪い待ちをアガったり、一発やリンシャンなどの偶然性の強いアガりをしても同じです。
これも周りをイライラさせてました。
当時の私の打っていた高田馬場のバラ打ちの店は、かなりのマナ悪でも、けっこう許されてました。
なんせ、ヤクザまる出しの人たちが遊んでいたくらいですから。
鹿内さんは、リーチ合戦やトップ争いの時など、吃音気味になることもありました。
もちろん本人のせいではありませんが、緊張が続くと出ちゃうんでしょうね。
余談ですが、ギャンブルなどで極端に緊張すると、テンカンの発作を起こす人もいます。
私は数回遭遇してるので対応にはある程度慣れてます。
椅子ごと後ろに転倒中の人の頭を、バレーボールのボレーのように受け止めたこともあります。
発作は全身が痙攣したり奇声を発することもあるので、周りはつい逃げ出してしまいますが、その瞬間が一番重要なタイミングなんです。
後頭部さえ床で強打しなければいいので、サッカーのように足で頭を受けた人もいるそうです。
発作はわずか数分で回復し、後はまったく平気になります。
一瞬の間、脳の一部の活動が活発になるだけだそうです。
ボヤき続けてると
本当にツカなくなる?
鹿内さんの自宅は雀荘の近くの神田川沿いの、小さなマンション。
親譲りのマンション一棟で、貧乏学生の私から見ると、生活や遊ぶお金には余裕がありそうに見えました。
ボヤき続けながら麻雀を打つ鹿内さんですが、徹マンが続くと小学生の男の子が迎えに来ることがありました。
「パパ、まだ帰らないの?」
「おお来たか、どうだママは機嫌がいいか?」
なるほど。どうやら彼のストレスの原因は、奥さんとの関係にありそうです。
子供が迎えに来た時の鹿内さんは機嫌が良くなっているように見えました。
眉間のシワが伸びて温厚に見えるし、舌打ちや吃音は消えているようでした。
「そうか、ママはまだ機嫌が悪いのか」
結局、麻雀を続けて、舌打ちとボヤキも再開するのでした。
ある時、地元の小さな組の初老のヤクザと打っていた時のことです。
「おい、タロウ」
と本名らしき名前(ファースト・ネーム)で鹿内さんに呼びかけました。
「今お前のその牌で当たるが、変な態度を取りやがったら、ただじゃおかないからな」
「チッ、分かったよ」
二人とも地元民なので、昔から面識があるようです。
「ツカねえツカねえってうるせええんだよ。博打場で貧乏臭せえこと言うんじゃねえ。
金があっても無くても、ツイててもツイてなくても、みんな綺麗に遊びてえんだから」