“月給28万円以上”に
魅せられて。
地獄の3年間の始まり…
【百恵ちゃんのクズコラム】
VOL.25
28万円
百恵ちゃんは期間工だった。
21歳から24歳までの3年間のほとんどを自動車メーカーの工場で過ごしたのだ。
きっかけはハローワークだった。
簿記二級を持っている百恵ちゃんは事務のお仕事を探しにハローワークへ行き、めぼしい求人をピックアップし担当してくれる人のところへ持っていった。
正直、その頃の百恵ちゃんは自分の履歴書に自信を持っていた。
中学卒業後、すぐに定時制高校に入学し一人暮らしをしながら様々なアルバイトを掛け持ちして4年間働き続け、また在学中に簿記二級や情報処理検定などの様々な資格を取得し、部活では全国大会で何度も入賞、そのままストレートで卒業しているのだ。
履歴書の内容だけでいえば二宮金次郎の隣に百恵ちゃんの銅像が出来てもおかしくないと思っていた。
小さな会社であればすぐに潜り込めると思っていた。
しかしそんな甘い考えは通らなかった。
担当のおじさんが事務の仕事を紹介してくれなかったのである。
「あなたはこっちの仕事の方が向いていると思うよ」
そういっておじさんが差し出してきたのは大手自動車メーカーの期間工の求人だった。たくさんの時間を掛けて求人情報を真剣に検索して選びに選び抜いたのでないがしろにされたことにかなりイラッと来たが期間工の求人票にデカデカと書かれた”月給28万円以上”という文字を見た途端にそんなイライラは吹き飛んだ。
それまで時給650円や700円程度でしか働いたことがなかった百恵ちゃんからすると目ん玉が飛び出す金額だったのだ。
すぐに面接の日取りを決め、家に帰り期間工について調べた。志望動機を生み出す為だ。正直者の百恵ちゃんでもさすがにマイちゃんの様に「遊び金ほしさに」とは言えないからだ。しかし、検索すると「期間工 きつい」「期間工 地獄」の様なネガティブな情報ばかり出てきた。
28万円が欲しい百恵ちゃんは検索するのを辞めた。これ以上知ってしまうと百恵ちゃんは当日の朝に
「ネットにあんなことやこんなことが書いてあったしな、どうせ辞めることになるなら最初から行くのやめるか」
と思いついて二度寝することをこれまでの人生で学んでいたからだ。
期間工について検索するのは一旦辞めて、志望動機のテンプレートを検索し、それを丸写しして百恵ちゃんの立派な履歴書は出来上がった。
面接当日の朝、やはり行きたくない気持ちに襲われ
「こういうときの二度寝が一番気持ちいいんだよな」
というクズ思考をなんとか鎮めて面接に行った。ハローワークで見た28万円の文字がどうしても忘れられなかったのだ。
面接を無事こなし、入社前にしっかりめの健康診断を受けて無事に入社することとなった。
これが約3年にも及ぶ地獄のはじまりだった。
受け入れ教育というものを3日間行ったのだが、初日に
「あ、これだめなやつだ」
と直感した。
まずはじめに制服のサイズ合わせから始まったのだが当時パンッパンに肥えていたにも関わらず百恵ちゃんは何故か痩せ我慢をしてウェストのキツいズボンを選んでしまった。次の作業着が届くまで本気で吐きそうになりながら仕事をしていた。
受け入れ教育では身振り手振りを加えながら「右!ヨシ!左!ヨシ!前!ヨシ!」と大声で叫ぶ指差呼称と呼ばれる練習をたくさんさせられた。恥ずかしさのあまり途中で帰ろうかと思ったくらい辛かった。
そんな受け入れ教育ではその後同じ部署に配属される「やまち」という女の子と仲良くなる。
やまちは初日から唐突に「自衛隊って虫とか食べるんでしょ」と言い出し、たまたま居合わせた自衛隊出身のお偉いさんにめちゃくちゃに怒られていた。百恵ちゃんはやまちのそんな姿を見て仲良くなれる気がした。
そして受け入れ教育が終わり、本当の地獄が始まるのだった。
次回は4月16日(木)午前0時更新予定‼︎
【田渕家登場人物紹介】
・父 コージ:元陸上自衛隊幹部高卒ながら佐官まで登り詰めるも「髪型が奇抜すぎる」という理由で100年に1度あるかどうかの異動の内示取り消しをされた経験がある。現在は三度目の暖かな家庭を築いている。
・母 イクコ:美容師。美容室を自宅で開業するもパチンコにハマり開店休業状態を約20年続けた猛者。おそろしいほど料理が下手。ツーブロックにしたことがある。近況を知らせる連絡では年下のペンキ屋さんとお見合いをしたらしい。
・姉 タエ:無職。1度も定職に就いたことがなく家賃を滞納してはクビが回らなくなりお父さんに払ってもらいに帰ってく るお調子者。過去に大きな交通事故に遭いウン百万円もの保険金を手にするが全てホストクラブに費やした経験がある。
・エリー:田渕家の飼い犬。詐病のプロ。足をひきずったり弱ったふりをしては人間に甘やかしてもらう。動物病院で『至って健康』という診断をされるとそれまでの弱りっぷりを忘れ、凛々しい顔で帰ってくる。趣味は父の顔に噛みつくこと。オスだが思いつきでエリーと名付けられた。
・マイちゃん:母親同士が同じ美容師で仲が良く、物心がつく前から一緒にいた幼なじみ。かなりの美人だが偏差値は2くらいしかない。現在は3人の子供を産み働きながら育てているが一度も結婚したことはなく、更に子供たちは全員父親が違うという斬新なファミリーを築いている。そして最近ロシア人の子供を産んだばかり。
北海道出身。最高位戦日本プロ麻雀協会40期。座右の銘は「ビールは一日3リットルまで」。『近代麻雀』でも同コラムを連載中!