バチバチのやり合いを見て(この展開は悪くない)とほくそ笑んでいる男がいた。
チャレンジャー・友添敏之である。
点棒状況をみてもらいたい。全員が20000点台に並んでいるが、先輩たちがバチバチやりあっているのを眺めている友添が少しだけリードしている。
あと2局…
あと2局消化することができれば、念願の最強位に着座することができる。
思えば昨年の8月
「金本さん、いきなりのDM失礼します。
最強戦予選には勿論何度も出ているのですがそれはそれとして、選出からの出場枠に選んでもらう方法というか基準があれば教えて欲しいです。
ぜひ、どーーーしても出たくて失礼は承知でご連絡しました。」
実行委員長に送ったこのDMから全てが始まった。
僕が最強戦に出るために金本さんに送った110文字のDM【文・友添敏之】
この4人の中で、友添は圧倒的に持たざるものだ。
勝ちたいのはみんな同じだし、勝ちたい思いは麻雀に関係ないのかもしれないが、一番最強位がほしいと思っているのは友添に違いない。
その座まで、あと少し。
10巡目
友添はここから安全牌候補のを残さずにツモ切った。
頑張って残したに自信があるのだろう。たしかにの場況はいい。
もしかしたらその自信が友添の目を曇らせてしまったのかもしれない。
上家から打たれた3枚目のをスルーしたのだ。
友添としてはここで決定打を決めたかったのだろう。特に残したが重なってマンガンにでもなればカッコ良すぎる。
だがここはチーする手もあったのかな… と友添は語る。
2000点をアガってトップ目でオーラスを迎えるのが偉すぎるので、薄いは処理しておきたい。チーしてもで上がれば三暗刻がついて満貫になる。
鳴いていたらアガっていたかどうかはわからない。
しかしスルーした世界線では、大介からリーチが入り、残したが切りきれずに回った後に…
大介の12000のアガリとなった。(リーチ・一発・ピンフ・イーペーコー)
たくさんアガってたくさん放銃した大介が再びトップ目に立ち、迎えた一本場がフィナーレである。
大団円
瀬戸熊の手が止まる。
2枚切れているを切ると、をツモった時にメンタンピンのリーチが打てる。
しかし瀬戸熊はを切った。
この手はイッツー。もしくはドラを使ったメンタンピン。
を切ってしまうと、ドラをツモった時にメンタンピンにならなくなる。
瀬戸熊はこの手牌を絶対にマンガン以上にしたかったのだ。
「頭のいいタイプじゃない」
と多井に冗談めかして言われ、苦笑いする瀬戸熊。
それでも瀬戸熊はずっと稽古を積み、体調をととのえ、愚直なまでに牌と向き合ってきた。
それは大先輩・荒正義の教えであり、対面に座る前原の教えでもある。
最強位として恥ずかしくない麻雀が打てるよう、この1年もずっと試行錯誤してきた。
観戦記者として、今年に掛ける思いはわかっているつもりだ。
「リーチ」
瀬戸熊は多くを語らない。
麻雀プロは麻雀でみせるべき、という考えの男だ。
これほど背中で悲哀を語る男がいるだろうか。
これほど男の色気をまとう男がいるだろうか。
多井「なんて数えるな!」
盟友が絶叫する。
一瞬、会場も解説・実況席も静まり返ったその瞬間だった。