僕は丸山奏子を知らない
文・須田良規
2019シーズンドラフトで、赤坂ドリブンズに指名されたのは、最高位戦のプロ2年目、丸山奏子選手だった。
僕は丸山を知らなかった。
他団体ということもあるが、大抵のMリーガー候補者についてはある程度の経歴や実績がわかりそうなものだ。
なぜ、新人の彼女が、という疑問はあった。
これは噂や伝聞に過ぎないが──、
元々は他に経験豊富な女流プロを獲得するという動きもあったはずだ。
おそらくは選手間でも、最初から丸山を指名するという共通認識はなかったのではないかと思う。
“育成枠”という名目で、今後何年も続くMリーグの未来のエースを育てる構想の下、丸山は選ばれた。
なるほど確かに新人の段階から熾烈なトップリーグの舞台で、チームメイトたちの高度な指導を受けながら研鑽を積めば、
数年後には恐るべきスタープレイヤーが育っていることは大いに期待できる。
そして、丸山は鮮烈なデビューを果たした。
3着になるハネマンを見逃しての倍満ツモアガリでごぼう抜きトップ。
麻雀に明るい人なら分かると思うが、どんなに天才的なセンスに生来恵まれていようとも、
経験と知識はどうしても時間が必要だ。
丸山はこの日まで1日10時間以上の座学を重ね、試合に臨んだ。
シンデレラガール、と評される陰で、どれだけの重圧や心労と戦ってきたか、想像に難くないのではなかろうか。
Mリーガーになれて幸運だったねと──、
単純にそんな印象で片づけられるほど、どこにでもいた麻雀好きの女の子の置かれた立場は、生易しいものではなかったはずだ。
そして、丸山のシーズン4年目。
2023年3月17日(金)の第1試合に丸山は登板した。
もしかすると──、もしかすると、これが丸山にとって最後の試合になるかもしれない。
ドリブンズはレギュラー通過のためにはここから大きな4連勝が必要という絶望的な状況だった。
東2局の親番、丸山はこの状況。
対面のKADOKAWAサクラナイツ・内川幸太郎のリーチ、下家の渋谷ABEMAS・多井隆晴の仕掛けを受け、オリた。
親番での加点は喉から手が出るほど欲しい。しかし、この状況ではおそらく自分のアガリの可能性は低い。
この局はすぐに多井が内川からアガって決着。
自身の待ちも弱いし、仕掛けた多井への信頼度も高い。
丸山の今日までの経験の蓄積が、この撤退を選ばせた。
局は進んで南3局1本場。
親番の多井がを切ってイーシャンテン。
12巡目に丸山はこのテンパイを果たすが、ダマテン。
点棒状況は僅差のトップ目だが、多井の現物にがあることを汲んで、親落としを強く見た。
そして700・1300のツモアガリ。
オーラスは3着目のツモアガリで、丸山は小さなトップながら逃げ切った。
楽屋に帰った丸山は、満足の表情ではなかった。
特大トップが必要な状況で、この半荘のかろうじてのトップをどうにか持ち帰る選択が正しかったのか、自問自答していた。
4年目の丸山が、最後の最後まで戦っていた。
実は僕のように園田、村上、たろうの方を知っている人間からすれば──、
丸山の最後のトップは、ちょっと複雑な心境だった。
こうして、チームの解体が決定的な状況で、最後に印象的な活躍をした選手が進退に影響を与えることもある。
入れ替えのルールは残酷だ。
再編成が絶対なら、今度はチーム内で足の引っ張り合いがあったっておかしくない。
チームメイトの不振が、自らの首を繋げることにもなる。
皮肉にも、丸山のトップがチームメイトの去就を左右するかもしれないのだ。
しかしチームメイトたちはいつものように、戻った丸山と検討を始めていた。
レギュラーシーズン突破のためには、東2局の親番も突っ張ったっていいし、ラス前の3メンチャンもリーチしたっていいと。
トップだった丸山に、忌憚ない意見をぶつけていた。