中央線アンダードッグ 第4話【長村大 連載小説】




中央線アンダードッグ

長村大

 

 

第4話

 

パンクIPAがなくなった。

おれ以外の客はいない。相変わらずソカベはぼんやりと壁にかかったテレビを見ている。

「ジャック」

「はいよ」

ジャックダニエルのロック、おれはそこにライムを絞ってもらう。他にもいろいろなウイスキーを飲むけれど、ジャックダニエルのときだけだ。

 

ソカベとは、麻雀の話はあまりしない。知り合ったきっかけは麻雀だったが、それよりも音楽や漫画の話が合い、だからこそこの店に通っているとも言える。我々はかつてコムロを憎み、サンデーを愛した、クイックジャパン、青い車、チェルシーホテルにレコード屋ZEST。ウォン・カーウァイの映画になにかあると信じ込み、シネマライズの新作は欠かさず観に行く。東京に住み、90年代サブカルど真ん中に青春を送った者。もちろんサブカルなんてもうない、インターネット以前の旧石器時代の概念だが、いまだその穴蔵から出てこられない、出ようとしないアダルトチルドレンがおれたちだ。

 

グラっとした、ような気がした。比喩でない物理的な話、つまり地震だ。とはいえ、いずれ小さなものだろう。

「ソカベ、今揺れたよな?」

「え、そう?」

 

マヌケ面でやつが答える。鈍感なやつだ、よく見ろ、瓶の中の酒が全部揺れてるだろ。と思いつつ、スマートフォンでニュースサイトを確認する。「茨城県沖が震源地、東京は震度2…」

「ほら、やっぱ地震…」

そこまで言って、止まってしまった。

おれの目は、ニュースの羅列の中の、ある一つの記事タイトルに吸い付けられていた。「mjリーグ開幕 コニシ選手インタビュー」。

 

コニシミツヒロ。かつておれと同期でプロ入り、年も同じだ。

今や押しも押されぬ団体の看板選手であり、タイトルもたくさん取っている。おれが麻雀プロを辞めてからはまったく会っていないが、十数年前、二十代の中ごろまではよく遊んだ。

 

当時、コニシは歌舞伎町の東風戦でサクラ打ち(裏メンとほぼ同義だ)をやっていた。おれは麻雀プロでもあったが、フリーのライターとして、売文を生業としていた…というとかっこいいようだが、フリーライターなどと名乗っているやつのほとんどがそうであるように、おれも金はなくて時間ばかりあった。つまり、しょっちゅうコニシの店に遊びに行っていたのだ。

 

一度、こんなことがあった。

その日、おれは好調だった。絶好調だったと言ってもいいだろう、そのレートとしてはかなりの額がサイドテーブルのカゴの中におさまっていた。

対面に座っていたコニシは、対照的であった。カゴの中には、千円札が数枚見えるだけだ。

 

何回目の半荘だったか、おれがこんな手でリーチをかけた。

一一 ドラ

 

赤牌2枚入りのチートイツ。4巡目か5巡目か、とにかく早いテンパイであった。

ツモってきた牌を右端につけ、コニシが少し考える。ああ、と思う。根拠は一切ないが、打ちそうな気がする。

案の定、コニシが一発で放銃した。リーチ一発チートイツ赤赤、裏ドラも乗って、倍満の祝儀5千円。コニシはカゴから千円札を5枚、おれに払う。それでカゴがちょうど空っぽになった。

おや、と思う。

慣れているやつなら、そんな払い方はしない。次に1枚や2枚の祝儀を引かれたときにわざわざ大きな札を両替するのは面倒だ、千円札がある程度残るように先に大きな札で払うべきであり、もちろんコニシもそうしているはずだ。

 

つまり、払うべき大きな札がないのだ。

 

雀荘の普通の従業員、いわゆるメンバーは、店の金で麻雀を打つ。もちろん負ければ給料から引かれるわけではあるが、とりあえずタネ銭の心配をする必要はない。

だが、裏メンやサクラの多くは、タネ銭を自分で用意しなければならない。そのぶん、ホール業務はやらないし、時間もある程度自由にできる。

 

すでにオーラス、おれは微差の2着目だが、コニシはダントツのラス目である。おそらくポケットに、もう金は入っていまい。顔にこそ出さなかったが、おれは内心楽しんでいた。コニシが負けているからではない、やつがここをどう凌ぐか、興味深かったのだ。とはいえ現実的には、店の従業員を呼んで小声で金を借りる以外にはないだろう、とも思っていた。

 

オーラスもあっけないものであった、軽い手が入ったおれにコニシが放銃して決着。おれが逆転トップでコニシのラスである。

コニシの支払いは8千円きっかりであった。