【麻雀小説】中央線アンダードッグ 第22話:先ヅモ【長村大】

中央線アンダードッグ

長村大

 

 

第22話

 

うまくいくかもしれない、ともすれば龍王戦の賞金と同じくらい持ち帰れるかもしれないというおれの思惑はしかし、ものの見事に外れた。

一戦目の東ラス、座順は親からマシロ、おれ、クロサワ、ナカモリ。ナカモリが満貫をツモアガり、少々のリードを得た直後である。

8巡目、ナカモリの手が止まる。その間にマシロの手が伸び、ツモ山に触れた。この程度の先ヅモは許されている場なのだ。

それを見たナカモリがスッとを河に放つ。

マシロ、一瞥だにせず「リーチ」の発声。

 

 

 

あまりヒントのない捨て牌ではあるが、の後にを切ってのリーチ、ひどい待ちではなさそうだ。愚形含みならば、をくっつきの材料として置いておく可能性があるからだが、そもそもそういう読み以前に、おれの手には現物が1枚もなかった。

 

 ツモ ドラ

 

スジならだ。だが手役派のマシロである、先打ちで345の三色などがあるかもしれない。

そしてなにより、マシロは先ヅモをしていた。

ダブポンテンのあるイーシャンテンで先ヅモするだろうか? 普通はしない、するわけがない。がくっつくパターンもないではないが、それならばやはりを先に切って切りのリーチになるのがおかしい。

「ロン」

おれが切るか切らないかのうちに、というよりまるでおれがを切るのを知っていたかのようにマシロが発声した。

 

 ドラ

 

「ないと思っただろ?」

マシロがにやりと笑う。

入り目なのは一目瞭然だ、しかも驚くべきことにはすでに2枚切れている。つまりマシロはシャンポンの片割れがない、ダブポンテンリャンメン待ち5800点のイーシャンテンから先ヅモしていたのだ。

考えられない。

さらに悪いことに、裏ドラ表示牌にが寝ていた。リーチ一発ダブドラ4、親の倍満。一撃でトビである。

「新人さんにいきなり厳しいね!」

クロサワが小馬鹿にしたように言ったのを聞き、ナカモリがおれをフォローした。

「いやー持ってたら打っちゃうよねえ、今通ったばかりだもの」

 

少し考えてみる。

もしマシロが先ヅモ動作に入らなかったら、ナカモリはを切っただろうか。もちろんナカモリの手はわからない、だが、彼はたしかにマシロの行動を見てから打牌した。そういえば、マシロは前巡までは先ヅモなどしていなかった、イーシャンテンになってから、あえての先ヅモなのだ。明らかに意図的だ。

もちろんかなりリスキーなやり方だ。もう1枚の王牌に寝ていれば空テンなのだ。だがナカモリが比較的堅い打ち手であること、初参加のおれも慎重になりがちだと読んだとき、普通に打っていてはそもそもが出てこない可能性がある。理論的といえば理論的にも思えるが、いずれ競技麻雀ではお目にかかれない戦法にまんまとはまってしまった。

 

とにもかくにもハコテンで24万円、ハコ下精算はないがトビの祝儀が3万円、一発裏3の祝儀が2万円でしめて30万円近くが一瞬で出ていった。

 

次の回もラスだった。さらに二着を一度挟んで、またトビのラス。マシロがトップ3回の勝ち頭、ほぼおれの一人負け状態となった。

負け額は、すでに100万近くになっているはずだ。

おれのポケットには龍王戦の賞金の残り、100万円が入っているだけだが、幸いにも帳面麻雀だった。有名作家が二人いることもあるだろう、いかな個室とはいえ、半荘キャッシュで札束が行ったり来たりすることはなかった。

 

「ちょっとトイレ、行ってきます」

席を立ってトイレに向かった。

用を足していたら、突然背中をバン、と叩かれた。

「……!?」

「ハハハ、キツいだろ?」

マシロだった。

「どうせ手元が寂しいんだろうが、負けたときのこと考えてたら麻雀になんねえよ」

「……ハイ」

「まあ、勝つ想像して打ってもダメなんだけどな。ただ打たないとダメだ」

マシロはそう言うと、手を洗っただけで出て行った。

 

掌の汗がフッと引いた気がした。

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