【麻雀小説】中央線アンダードッグ 第53話:2着抜け【長村大】

中央線アンダードッグ

長村大

 

 

第53話

 

静かな、というよりは重たい立ち上がりになった。2着までよしと見るか、3着以下はだめと見るか、どちらかというとおれを含めた四人ともが後者を意識しているように思えた。

東1局の親リーチが流れ、次局は全員ノーテンで流局、親が上家に移る。

上家は龍王位戦黎明期に勝利した漫画家で、長年ヒット作を描き続けている麻雀漫画界のトップ選手だ。アマチュアだが、もちろん実力はプロと遜色ない。オーソドックスだが、どちらかといえば守備型といえよう。

その漫画家からまたもやの親リーチがかかるが、これも流局。ここまで一つのアガリも出ていない。

3本場、ようやくアガリが出る。下家のプロが4巡目の役牌をポンテン、すぐにトイメンから出て千点。リーチ棒と積み場を回収したが、まだまだ細かい点差である。

下家は近年の同大会を制したプロだ。彼もまたおれより歴の長いベテラン勢だが、ネット麻雀などにも積極的に取り組み実績を残している。

ふと見ると、三人ともおれよりベテランであり、かつて麻雀界にいたころ、雑誌の仕事やら対局やらで少なからず関わった仲でもある。気心が知れている、とまでは言えないかもしれないが、まったく知らない仲でもない。

今や純然たる中年となったが、当時、麻雀界ではおれは常に若手であった。メディアに出たり新団体の設立に関わったりして、発言力みたいなものが多少出てきてからも、やはり相対的には若手の立ち位置にいた。

それから十数年、よもや再びカメラの前で麻雀を打つ日が来るとは思わなかったが、座ってみてふと気付けばやはりばおれが一番若手である。それがなんだかおかしくて、少しだけ緊張がほぐれた。そうだ、おれはまだ若手だしただのシロートさんだ、のびのびやろう。

 

細かいアガリが続き、南場に入る。多少の並びはできたが、あってないような点差である。横並びの後半戦となった。

 

南2局、おれに手が入る。序盤に自風のをポンして、6巡目にはこのテンパイとなった。

 

  ドラ

 

上家がを切った瞬間にがくっついてテンパイ、しかも全体的にマンズの上が安く、絶好の待ちと言える。この先どうなるかはわからないが、2着抜けのシステムで南3局をアタマ一つ抜け出て迎えられるのは大きい。少しだけ心臓の鼓動が速くなるのがわかる。

だがしかしこれがまったく出てこない。山深くに眠っているのか、あるいはどこかに固まっているのか。期待が徐々に不安に変わっていく。このチャンス手を逃すわけには──。

その不安が具現化した、親からのリーチの声。

 

 

リーチを受けた直後のツモはであった。

 

  ツモ ドラ

 

もちろんオリないが、現物のを切ればテンパイも維持できる。だがタンキで親リーチとめくりあうのは不利だ。首尾よく周りを引ければ勝負になるが、そううまくいくだろうか。が通る保証もない。

では、スジのを切るか。リーチ宣言牌がからの絞り込みは十分ありえるし、一つ気になったことがある。上家は切りの際に、少し考えていた。あるいはからどちらを切るか考えたのではないだろうか。考えるほどありそうに思える。ならば──。

おれは思い切ってドラのを放した。もちろん怖い、先切りとはいえ当たる可能性はあるし、当たれば大ダメージだ。しかもあえて無筋のほうを切るのだ。

手が震えるのが自分でもわかったが、気取られないように、平静を装って切る。通った。下家がそれを見てツモ動作に入り、ツモった牌を置いて考えに沈む。もちろんおれがリーチの現物待ちである可能性は考えているだろう。

数秒がえらく長く感じられる。

下家はおもむろに、しかし仕方なくといった感じで、右端に置かれたツモ牌を 静かに切った。であった。

 

「ロン」

すこし上ずった声で、おれが発声する。

三人がおれの手牌を見る。おれは横目で上家の表情を見たが、が彼の当たり牌であるのかどうかの判断はつかなかった。

 

残るはおれと下家の親番だけである。

おれの親はトイメンの2千点のツモアガリで落ちた。これでトップ目でオーラスを迎えることができる。しかもトイメンと上家はアガったほうが2着の競り、かなり有利な局面となった。

そのオーラス、上家が早々に仕掛ける。ポン、でチー。ドラはだが、おれがトイツで持っている。明らかな千点仕掛けである。

下家の親はラス目、歯を食いしばって摸打を繰り返すがなかなか有効牌を引けないようで、ツモ切りを続けている。また競りのトイメンも、牌を絞りたくても絞るわけにもいかず、苦しい。

一つツモった上家がゆっくりと、手の中からを切った。は自分で切っている、マンズのリャンメン待ちならばだろう。

おれはバラバラの手牌の中から、無造作にを切った。

 

「ロン」

予想通りの声が上家からかかり、予想通りの千点。おれと上家の勝ち上がりが確定した。

 

控室に戻る。

普段はそんなことはしないし、あとで映像を見返せばすむことだ。だが、おれは勝ち上がった気分もあり、上家に座っていた漫画家のヨシモトに聞いてみた。

「おれが満貫アガったとき、当たります?」

「当たりだよ! で考えたのがちょっとキズになったんじゃない?」

ヨシモトが笑って答えた。彼もまた、勝ち上がりで気分を良くしているのだ。

負けた二人も目に見えて落ち込んでいるようすはない、普通に話をしている。だが悔しいだろう。わかっている。

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