どうしても勝ちたかった…最速最強・多井隆晴が「ヒーロー」であり続けなければいけない理由【熱論!Mリーグ】担当記者:東川亮

しかし、この手が変化こそすれどなかなか進まない。そうこうしているうちに、朝倉が切ったドラのを瀬戸熊が鳴き、満貫以上の打点が確定。多井は瀬戸熊に放銃すれば3着まで順位を落としてしまうため、軽々には動けなくなった。

ドラをツモ切った朝倉には、相応の手が入っているということ。10巡目、朝倉はこの形でリーチをかけた。手牌に赤赤、をツモれば満貫からという文句なしの手だ。さらに次巡、瀬戸熊も朝倉の切ったをチーして待ちのテンパイを入れる。

14巡目、多井はツモを切ればテンパイを取れる形となったが、ここで多井は長考に入った。

テンパイを取るのか、まわるのか。

時間にして、およそ75秒。

多井の選択は現物の打、テンパイを取らないルートだった。

直後、朝倉が瀬戸熊のロン牌を掴み、決着。試合は多井の勝利で終わった。

一礼後、多井は卓上を見つめ、小さくうなずいた。

多井はオーラスの長考について

は通ると思っていた。ただ、瀬戸熊の手出しからが弱いと思ったこと、そして加点してもあんまり(タンヤオ赤の出アガリ3900)だと思ったことで、打つのをやめた」

と振り返った。

実際、は山に残り1枚で、アガリの可能性はかなり薄かった。また、多井がここでアガったとしても、ツモか朝倉からの直撃でない限りは朝倉に満貫ツモという現実的な条件が残る。確かな読みで勝ちへの道筋を冷静に見極め、はじき出された結論が、多井の打だった。

結果だけを見れば、押しでも多井の勝利は変わらなかった。しかし、こうした微差の選択を正しく行い続けることで、レアケースを避け、より勝利への確実性を高める。それをずっとやり続けてきたのが、「最速最強」多井隆晴である。

また多井は、少し目を潤ませながら、そして言葉を詰まらせながら、こんなことを話していた。

「いつも冗談で『麻雀苦手』とか『嫌い』とか言っちゃうんですけど、もっと頑張ろうかなと思いました」

このとき、多井の脳裏に浮かんでいたのは、残念ながら11月15日に訃報が伝えられた、俳優の滝口幸広さんだったのではないだろうか。

 

滝口さんはドラマや映画、舞台などで活躍しつつ、麻雀への造詣や愛情も深く、「近代麻雀」誌上で連載されていた漫画「鉄火場のシン」を原作とするオリジナルDVDビデオ「灼熱の闘牌録!鉄火場のシン」シリーズでは主役を熱演。撮影時には、スタッフにも非常に協力的だったそうだ。

また、2019年には「新春オールスター麻雀大会2019」「Mリーグ駅伝」に出場、Mリーガーを相手に大活躍したほどの打ち手だった。

滝口さんは麻雀プロとの親交も深めており、特に多井については「ヒーローだ」と本人に語っていたという。

ならば、多井がヒーローとしてできることは、たった一つ。

「ヒーローらしく窮地で勝って、かっこいいところを見せる」

その思いが多井の麻雀における全感覚を研ぎ澄まし、この日の勝利を呼び込んだ・・・というのは、言い過ぎだろうか。

麻雀を愛した人は、みんな仲間だ。

滝口幸広さんのご逝去を悼み、謹んでお悔やみ申し上げます。

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