Mリーグ・ジャーニー
文・小林正和【金曜担当ライター】2025年5月16日
時計仕掛けのように流れる朝。そして変わらぬ景色。
満員電車に押しつぶされ、窓際に追いやられる。吐いた息が目の前のガラスをうっすら曇らせ、街の輪郭をぼやかしていた。
視線を変え、何気なく開いたスマホを、いつものように親指でスクロールしていると目に留まったのは
“ファイナル・最終日”
の活字。
(あぁ……いよいよ今夜で決まるのか。)
“この熱狂を外へ”というスローガンと共に産声を上げた麻雀の最高峰の団体リーグ。気づけばもう7年目を迎えている。
思い返すと、発足当初の2018年頃から──
私は群馬・静岡・宮城… 時には大阪まで足を運び、地方の空気に触れながら各地を巡ってきた。その度に、ある一つの問い掛けを口にするのが習慣に。それは…
「Mリーグは見てますか?」
知らないあの場所で、初めて出会った人と自然と共通の話題に入っていける── それはまるで魔法のような言葉だった。
はじめは、会話が途切れてしまうほど反応の薄かった土地。それでも少しずつ、二つ三つとキャッチボールが返ってくるようになると、今では「○○が推しです。」と、チーム名まで返ってくることも珍しくない。
明治、大正、昭和、平成──
それぞれの時代には“国民的スポーツ”が存在していた。相撲、野球、プロレス、サッカー…。子供も大人も関係なく、テレビの前に人々が集まり、一喜一憂し、夢中になって声を上げた。
そして、時代は変遷を辿り令和へ。“テレビ離れ”という言葉が日常になり、人々の視点はスマートフォンや配信プラットフォームへと移っていった。
そんな変化の中で、静かに、しかし確かに生まれた新しいジャンルがある。それは…
“eスポーツ”
電子機器、いわゆるゲーム機が、観るもの、応援するものとして進化しAIやCGを駆使したデジタルの熱狂が、いつしか日常の一部になっていった。
そこにアナログチックな温度を持ち、特異な輝きを放つ存在として“麻雀”は、その役割を担っているのだろうか。
その答えを探しに──
選ばれし4人が紡ぐ第7章、最後の物語(旅)が静かに動き出す。

第2試合
東家:萩原聖人(TEAM RAIDEN / 雷電)
南家:園田賢(赤坂ドリブンズ)
西家:醍醐大(セガサミーフェニックス)
北家:仲林圭(U-NEXT Pirates)
未来を知りながら─ それでも最後まで演じた雷電──

最終日開始前の順位表がこちら。
もちろん麻雀に「絶対」という言葉は存在しない。しかし、残り2戦という現実と真っ直ぐ向き合えば、優勝争いは実質、上位3チームに絞られたと言って良いだろう。
その一方、ある意味で最も難しい立ち回りを求められるチームがいた。

4位のTEAM雷電である。
優勝までには+350ポイント以上。3位に滑り込むにも、+250ポイント以上が必要という、極めて厳しい状況。
そんな現実を前にして、雷電・高柳寛哉監督は最終日に向けて、こう語った。
「とにかく最後まで雷電らしい“トップ”を見て戦いたいと思います。」
チーム方針を共有し、第1試合目にある選手を送り出す──
某私立大学の理工学部に通う、当時2年生だった“彼女”は、ある日一つの恋をした。
初めて出会ったその日から、なぜか目が離せなくて。難しければ難しいほど、惹かれていく不思議な存在。それは、まるで一目惚れのようだった。人知れず考えてしまい、気づけば夢にまで出てくる。
恋という言葉の定義は知らなくても、それが恋であることは、はっきりと分かっていたはず。ただ、その相手は人ではなかった。
彼女が恋したのは、“麻雀”というゲームだったのである。

その“彼女”は今、“黒沢咲”という大人の女性となって戦っていた。
テンパイが欲しい局面でも、焦らず慌てず。彼女は普段通りの選択を淡々と積み重ねていく。
例え放銃したとしても、誰も責めたりはしないだろう。きっと彼女自身も、それは分かっていた。それでも切れない牌は切らない。別のテンパイルートを静かに探し続けるその姿は、どこまでも彼女らしく、どこまでも可憐な少女の目をしていた。
もしかしたら、未来の結果はもう見えていたのかもしれない。
じゃあ、諦めてたってこと?
違う。きっとそうじゃない。
大人になった今でも、その難解で理不尽で、でも美しい“麻雀”に片想いしているから、彼女は、いつも通りの振る舞いで、牌に向き合った。揺らがず、崩れず、静かに、凛として。