プロが条件計算に筆記用具を使うのはありか(文・黒木真生)

マムシの金本

 先日、桜蕾戦の記事を書いた時はトーナメント戦や条件戦の意義についてあまり詳しく書かなかった。だいたいのプロ雀士がどう考えているのかも。
 ただ、あの日に何があったかを読んでもらおうと思って、少しでも読みやすくしようと考えて書いただけだった。
 ちょっと笑いが欲しくて、吉田直さんのことをイジってしまったが、本人は許してくれたようでよかった。
 書く前は、トーナメント戦の意義についてとか、現在の若手プロたちが筆記用具や電卓を使って計算していることついてなど、とりあげてみようかとも思ったのだが、本題からは外れるし、そういうごちゃごちゃと細かい話は万人にウケないと思った。長くて複雑な話は読んでも疲れるだけだと考えて、一度書いたものを削除した。
 それでも、細かい話を掘り下げていくのが好きな人もいるようだ。金本さん(近代麻雀編集長)もその一人であることを忘れて「こういうことも書こうと思ってたけど消しちゃった」と言ったら「すぐ書きましょう」と返してきた。しまった。
 いや、現在「近代麻雀」の締め切り3つを破っていて、そんなの書いてる場合じゃないと言ったのだが、金本さんは「それが終わったら書いてください」と言ってきた。
 沢崎誠さんに森山茂和さんは「マムシ」というあだ名をつけたが、金本さんもたいがい「マムシ」なのである。要はしつこく、あきらめが悪い。
 で、ついさっき破った締め切りの内2つを終えて、もう1つはもっと先で良いということになったので、これからややこしい話を書かねばならなくなった。
 小難しい話が苦手な方には、本当におすすめできない。私も苦手な話なのである。

条件戦とは

 競技麻雀のリーグ戦では、最終試合のオーラスでもアガリに制約はされない。リーグ戦というのは、同じリーグの中で1位から最下位まで順位をつけて、上位何名かは上のリーグに昇級し、下位何名かは下のリーグに降級する。最終戦でも他の卓の状況が分からないので、結果的に「それをアガってもどうせ降級」というアガリをしても仕方がないからである。
 だが、リーグ戦の最高峰の優勝者決定戦になると話は別である。
 優勝以外の2位から4位までは賞金額も同じで、段位ポイントなども同じなので、最後の最後に優勝しないアガリをするのは「自分から負けに行く行為」に等しい。
 野球に例えるなら、9回裏2アウトランナー1塁で、攻撃しているチームが1点差で負けている時に送りバントをするようなものだ。
 ランナーは2塁に行こうとするが、その前に打者がアウトになって試合終了である。一応はランナーが数メートルはホームベースに近づいたが、ただそれだけの話であって、その距離に価値はまったくない。理由は何であれ、わざと負けに行く行為とみなされる。
 これは野球だからわざと負けに行っても相手は困らないどころかむしろ助かる。
 だが、麻雀は4人でやるので難しい。優勝した人は楽に勝てたからありがたいが、逆転の手をテンパイしていた人や、それを見てドキドキしていた視聴者たちにとってはたまらない。
 何でそんなことするの!? という気持ちになるだろう。
 だから選手たちは、そういう無意味なアガリを禁止するルールを作るしかないのだ。
 このように、競技麻雀において「勝ち上がるため」あるいは「優勝するため」に必要なポイントが明確になっている試合や局のことを「条件戦」と呼ぶ。
 この話題の発端となった「桜蕾戦」の場合は決勝戦ではなかったが、トーナメント戦であったため、最終戦は明確な「条件戦」だった。1位と2位が勝ち上がることができ、3位と4位は敗退である。だから選手はオーラスには勝てるアガリしかしてはならなかったのだ。

どうやって禁止するの?

 条件戦であることは、当然全選手が分かっている。トーナメント戦の場合は、試合前に必ず立会人が「勝ち上がりにならない無意味なアガリは禁止です」と伝える。ボクシングの試合の前にレフェリーが「ひじ打ちアカンで。頭突きしたらアカンで。下半身どついたらアカンで」と、いちいち確認するのと同じで、選手からしたら「知ってるよもう、うるさいな」的な確認作業である。
 でも、人間だから間違えることはある。いろんな間違え方があるし、他者が防ぎようがある場合とない場合がある。
 だから「禁止」と言ったって、やってしまうことはあるのだ。
 そしてそれが起こってしまった時、どうするのか。これが問題なのである。
 現在の日本プロ麻雀連盟のルールでは、禁止されたアガリをしてしまった人にペナルティがつくだけである。今回は新人だということもあり、再研修か講習を受けるということになりそうだ。
 だが、それによって敗退させられてしまった選手には何のメリットもない。不運だった。これだけで片付けられてしまう。
 ひとつ、そのアガリを認めず、チョンボとする方法がある。そうすればその局はノーカウント扱いになり、もう1局あらためて行うことができる。
 しかし、もしこれが流局間際で、普通なら勝ち上がれていた人が、もう1局やったことで敗退になると、同じような「やるせない気持ち」が生まれてしまう。
 全然、解決にならないのである。
 もうひとつは、同じようにそのアガリを認めず、手牌を立てさせアガリ放棄とし、その局の続きを行うという方法である。
 これはかつて、金本委員長の発案で、麻雀最強戦で一度採用されたルールに近い。誤ロンで倒牌まで発生した場合でも、ただ手牌を立てるだけで試合が続行できそうな場合、アガリ放棄で続行とした方が公平なのではないかという考え方である。
 これを一年やってみたのだが、全国で混乱が起こった。
 手牌を確認する前に山を崩してしまう人もいる。手牌が開いたことで13枚もの情報が開示され、その後の戦い方が相当変わる。イレギュラーなことが起こったことで、周囲の人がもらい事故のように多牌とか少牌とかしてしまう。
 とにかく難しくて、結局このルールは廃止されてしまった。
 だから今も「誤ロン」は発声のみはアガリ放棄で、手牌を倒したらチョンボというのが最強戦のルールである。
 プロ同士ならそういったトラブルが少ないと思うかもしれないが、麻雀最強戦全日本プロ選手権では同じようなトラブルがあった。
 机上で議論していた時点では良さそうなアイデアでも、実行してみると無理があるというケースが多い。また、昔の人たちが決めたルールには、それなりの意味があったんだなと再確認させられることも多いのである。
 ちなみに、麻雀最強戦全日本プロ選手権の予選もトーナメント制を採用しているため、同じような問題があるのだが、もし無意味なアガリをしてしまった人がいた場合、翌年1年間は出場停止としている。
 ちなみに、当たり前すぎて書くのも恥ずかしいのだが、リーチを掛けて裏ドラが6枚のれば逆転、とかいう手でアガってみたら結局1,600点でした、というケースについては全然問題ない。もちろん、カンドラがめくれていて、自分の手に暗刻が1つでもあればの話だが。

間違いそのものを減らす

 そもそも、間違いそのものを減らせばいいのではないかという考え方もある。
 たとえばテレビ対局の決勝戦オーラスなどでは、選手の計算が合っているかどうかを確認することが多い。
 選手が自信満々に「大丈夫」と言っていても、万が一に備えてスタッフが確認する。
 スタッフは条件計算をしてくれるエクセルのファイルを使っているのでほぼ間違いはない。90符2ハンとか、どうせアガれない条件まで出してくれる。
 そんなんあるなら使えよ! という声が聞こえてきそうである。
 前回のコラムにも書いたが、対局を生配信することになって、そのエクセルファイルを使うようにはなった。
 せっかく長時間見てくださっている視聴者の方に、計算ミスでの幕切れをつきつけるのは心苦しいし、ミスをしたプロ雀士の立場も悪くなる。そもそも、そういった計算能力は雀力の内に含まれると考えるべきかどうかなど、いろんな意見があったが、結局は運営サイドがアガリ条件を確認することになった。
 最初の内はよかった。
 選手は皆、自分で計算するのが当たり前だったから、それを確認するだけだった。人間が気づかない、70符のアガリなどもエクセルが教えてくれた。そんな手にはならないので、ほとんど意味はなかったが。
 だが、その内、条件計算を自分ですることを放棄する選手も出てきた。スタッフに教えてもらえるから自分で考えないのである。
 それが誰とかは言いたくはないが、運営スタッフよりも若い選手たちであった。
 これは私が経験したことだが、競っている3名のプロに説明している最中に「私は?」と聞いてくる人もいた。その人はダブル役満条件で、現実的には条件なしのような人だった。
 オーラスになって条件が全然わかっていないということは、途中段階でもわからずに打っているということになる。
 条件戦での最終局の「無意味なアガリ禁止」は、あくまでも最終局だからそうしているのだが、本当のことを言うと、途中段階でも考えながらやるべきだ。
 たとえば南1局の親が落ちた時点で対象選手と3万点差なら、満貫を3回ツモれば良い。だが、1回でも1,000点をアガってしまったら、残り2局でハネ満を2回ツモらないといけなくなる。
 せめて大まかにでも計算できなければ、道中の麻雀までもおかしくなっていることになってしまう。
 そういうことをしていたら、連盟の選手たちのレベル低下にもつながるのではないか。
 そういう意見が多くなり、公式戦については、立会人から積極的に条件を教えることはなくなった。
 ただし、選手が「私はこれこれこういう条件だと思うのですが、あっているでしょうか?」と確認しても良いことにはなっている。

時代に合わせて

 まだこれは話し合われていないが、ある理事が「これはもう、立会人が最終局になったら選手のところへ行って、はい、あなたの条件は何ですか?」と聞くしかないでしょうと。
 1人ずつ条件を言わせて、それが間違いじゃないかどうか確認するというのである。
 最初に聞いた時は笑ってしまったが、今の時代、それぐらい親切にしないと聞けない人もいるかもしれないと思い直した。
 もちろん、細かい条件などいいのである。要は、絶対やってはいけないアガリさえしなければいい。
 たとえば、エクセル君は1,000・2,000点のアガリでも良いことに気づいてはいるが、あえて教えはしない。選手が「1,300・2,600点以上のツモアガリが条件です」と言えば、立会人は「はい、あってます」と答えれば良いだろう。もっと小さなアガリで良いのに、それに気づかずに打つことは本人だけが不利になるのだから競技としては良いはずだ。
 逆に、本当は「5,200点直撃」が条件の人が「3,900点直撃でいいですよね?」と言ってきたら「それは違う」と教えなければならない。
 そんなルールもありかなと、個人的には思っている。
 こうすれば、選手に思考放棄をさせず、無意味なアガリも減らすことができるかもしれない。
 こんな親切なことを考えるのは、日本人だけかもしれないなあと思いつつも、味付け海苔のパッケージの端っこがギザギザになっていて、そこに矢印がついていて「ここからあけてください」と書いてある国に生まれて育ったのだから「しょうがないよな」とも思う。
 日本に来た外国の人は、だいたいそういうのをギャグだと思うそうであるが、慣れている日本人にとってはそれが普通なのだ。
 もちろん、この方式が採用されるかどうかは、まだ分からない。

筆記用具はあり?

 麻雀最強戦全日本プロ選手権予選がトーナメント制であることには触れたが、ここでちょっと気になる現象が起こっている。
 要は2試合打ってトータル上位2名が勝ち上がるというのを繰り返すのだが、こういう場合、1試合目が終わると、写真のようなメモを各自がつける。
 首位の金本さんの立場なら、3位の今岡さんとの点差が気になるところだ。3万点持ちの3万点返しで順位点が10・30だとしたら、着順1つにつき20ポイント変わってしまうので
 こんなことを考えながら2回戦に入るのである。
 で、突如ノーマークだった矢野さんが6,000オール! とか言い出したら慌ててメモを見る。
 なんじゃこいつ。死んでなかったんかい。まあ57.2もあるなら大丈夫やな。いまので24ポイントやられたし、矢野がトップでワシが3着やから44ポイントか。まだ13ポイントぐらいある。けど、矢野に放銃したらアカンな。
 とか考えるのだ。
 で、オーラスはもっと細かく考えて、そのまま逃げ切ればいいのかどうか。放銃は誰に何点以上したらやばいのか。誰がアガってくれれば自分がリスクをおかさずに勝ち残れるか。などを考える。
 のだが、最近、ここで再び筆記用具が活躍するのである。
 今言ったような条件を、メモに書く選手が増えているのだ。
 また、暗算ではなく筆算をし始める選手もいる。
 ただ、アガリの条件を書き出すだけならまだしも、対面には何点放銃できる、下家には何点放銃できる、というのを全部びっしりと書き始める選手もいる。
 その時点で時間打ち切りがすぎていることが多く、別に3分でも4分でもかけても、それによって時間の不公平が生じるわけではないのだが、どうも違和感がある。
 最低限のアガリ条件を確認したら、配牌をとってみる。そして現実的な勝ち方を考えて打ち、局面によっては、相手に放銃したり鳴かせたりすることを考える。
 そのあたりは局に入ってから計算し始めるのが、それまでの常識ではあった。
 下家に何点、と言ったって、下家が都合よくその点数を作るとは限らないのである。そもそもテンパイするかもわからないし、結局読めなくて打てないかもしれない。やる前から考えるのはナンセンスな気がする。というのが、我々より上の世代の考え方だ。
 ただ、最近、同じシステム、同じ時間打ち切りでやっているのに、終了時間が1時間程度遅くなっているのだ。
 会場を借りる都合もあるし、そもそも対局中に筆記用具を使うのはどうなのかということもあって、5団体の会議でみなさんの意見を聞かせてもらったが、おおむね「試合の合間はもちろん筆記用具を使うべきだが、対局の途中は禁止してもいいのではないか。少なくとも条件計算の制限時間ももうけるべきではないか」という意見が多かった。
 おそらくだが、来年の全日本プロ選手権予選から、対局途中の筆記用具使用は禁止となる。
 また、条件計算を考える時間も制約が生まれるかもしれない。

どこまでが雀力なのか

 でも、もしかしたら、こういった考え方は古いのかもしれない。
 私が連盟に入ってきた時、すでに雀荘には点数表示される卓があった。でも全部ではなかったので、リーグ戦などは点数が出ない状態でやることも多かった。
 先輩プロたちは、相手の点棒を覚えていた。
 いや、先輩プロじゃなくても、そのへんのオッサンでも覚えていた。
 雀荘では、オーラスに持ち点確認をしていた。間違って申告したらペナルティで着順が落ちるなんてルールも多かった。
 ある年の十段戦で、ある選手が最後に1,300・2,600点をツモアガったら、すかさず荒正義さんが「それじゃ300点足りないじゃない」と言った。荒さんはダントツであんまり相手の点数を気にしなくても良かったのだが、たぶんもう勝手に計算されてしまうのだろう。例のエクセル君のように。
 で、計算してみたら本当に300足りなくて、私は背筋がぞっとした。いっつもお金の話ばかりしているのはこのためか、と。喫茶店に入れば、ここはあそこより100円安いだとか。ここの家賃はたぶんこれぐらいで、あそこはこれぐらいだろうとか。黒木君は今日いくら持ってるの? とか。とにかく金の話しかしないのである。そして最後に、ポケットに入っていた500円玉を4,5枚無造作に取り出して「あげる」と言ってくれるのだ。もうわけがわからないのだが、「焼け石に水だから」と言ってくるので、いつもありがたくもらっていた。私にとっては価値があり、荒さんにとっては無意味な金だったのだろう。
 こんな世界でやってかなきゃならないのだから、そろばん塾にでも通うしかないなと思った。
 対局中の点数は、頑張れば覚えらえるようになったが、その間、麻雀の他のことがおろそかになる。荒さんみたいに息をするように点棒をカウントするには、そろばん塾で鍛えるしかないと私は思っていた。
 だが、徐々に試合会場にも点数表示の卓が増え、私はそろばん塾に通わずに済んだ。
 今はその機能に甘えており、対局中に相手の点数を覚えるという行為はほとんどしなくなったが、これもまた時代の変化である。
 点数表示の卓には、相手との点差を表示する機能もついているから、3ケタの引き算をしなくても良くなっているのだが、これを押すのはなんか頭脳が退化していくような恐怖感があって、押さないようにしている。
 たった3ケタの引き算を機械に頼るようになってしまったら、頭がもっとバカになってしまうのではないかと、真面目に思っているのだ。

すべてが自動化される時代

 たぶんだけど、そのうち点棒も使わなくなるだろう。アガリ点も機械が計算してくれると思う。プロの試合も、ほとんどネット麻雀と同じぐらいに、点数については自動化されるはずだ。
 夏目坂スタジオに設置されたモニターはもっと進化して、オーラスになったらアガリ条件が映し出されるようになると思う。ていうか、そうしていきたい。
 だが、競技麻雀の世界には競技麻雀の世界の文化みたいなものがある。連盟の会長が新しいもの好きなところもあるので「こうしようぜ」と発案しても、複数の現場担当者が採用できない理由を挙げると「じゃあ、もう少し様子を見よう」ということになる。
 そしてそれが正しい場合もあれば、ただ単に時代遅れになっていくこともある。
 ただ、何かしら事件が起こって、ファンの方々が「あーでもない、こーでもない」と色々と発信してくださるおかげで、考えるきっかけになったりはする。
 そして「どうせ無理なんだよな」と思っていたことが、議論してみたことで「そうでもないぞ」という風になることもある。
 今回はそんな機会を与えてもらったと思っている。
 皆さんに感謝したい。
 そして、こんなイジイジした長ったらしい文章を最後まで読んでくださった、おそらく数名の皆さん、お付き合いいただきありがとうございました。
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