あの日の長村大に憧れて
私たちが待ち望んだ
王者たちの帰還
【B卓】担当記者:藤原哲史 2022年10月16日(日)
麻雀最強戦2022 男子プロ王者の帰還
予選B卓の選手は以下の4名。
第45期最高位。昨年はファイナル決勝卓で瀬戸熊直樹の前に惜しくも敗れた。
2017最強位。愛弟子がプレゼントしてくれたという自身の顔がプリントされたシャツが、周りから愛される人柄を物語る。
第11期(1999年)最強位。一躍“時の人”となりながらも暫く麻雀界から離れていたが、昨年日本プロ麻雀連盟に入会、再びメディアへその姿を見せた。
2015最強位。鉄壁の守備力が持ち味で、その硬い麻雀から“岩石”と評される。料理好きというお茶目な一面も。
ズズッ ズズッ
午前3時、静まり返った寝室に、カップラーメンを啜る音だけが響く。20年前、大学に入って友達ができなかった私は、薄暗い部屋でひとり麻雀ゲームに耽っていた。
筆者のことはどうでも良いのだが、少しだけ昔話をさせて欲しい。
20年前の私は、プレイステーション2(PS2)の『極NEXT』というゲームで麻雀を勉強していた。そのゲームに、長村大が出ていたのだ。いまやMリーガーの小林剛が“若手プロ”で出演していたゲームだと言えば、時代がうかがえるだろう。
私が麻雀をはじめた20数年前は、いわゆる流れ論が当たり前であった。そこへ一石を投じた麻雀プロのひとりが、第11期(1999年)最強位の長村大だったのである。
一切のオカルト理論を排除し、「デジタルの申し子」という二つ名を引っ提げて卓上を暴れる長村は、少しだけ歳下だった私のハートを鷲掴みにした。男の子は幾つになっても、ちょっと歳上で魅力的なお兄さんに憧れるのだ。この気持ち、皆さんにもお分かりいただけるであろうか。
『極NEXT』は、今でいう天鳳や雀魂のようなオンラインゲームと違い、CPU対戦のみの麻雀ゲームである。ただ本物の“人“と麻雀を打てなくても、“仮想”長村大プロを倒せば眠れるという縛りで過ごしていた私の日常は、とても幸せであった。
長村大の背中を追いかけ、同じ日本プロ麻雀協会のプロになった私は、いつか対局で本物の長村大と戦えることを楽しみにしていた。だから、長村大が突如として麻雀界から姿を消したとき、ぽっかりと心に穴が開いてしまった。
まだ一度も対局ができていないのに。誰にも吐露できなかった気持ちを、飲めないビールで流し込んだ。
十数年の時を経て、昨年“長村大“は再び麻雀界へ戻ってきた。
Mリーグも創設され、様々なメディアで麻雀が取り上げられるいま、20年前とは比べ物にならないほど老若男女の麻雀ファンが増えた。
しかし長村大は、「自分は今日まで麻雀界を盛り上げることに何も貢献していない」と自嘲気味に呟いた。「それでも自分を覚えてくれている人がいるならば、それは最強戦のお陰だ。世話になった最強戦に、自分が再び最強位になることで恩を返したい」と語ったのである。
長村大は「麻雀界に貢献していない」と言った。
とんでもない、私はあなたの背中に憧れて麻雀プロを目指したのだ。
友達がいなかった大学時代も、暗い部屋に浮かぶテレビゲームの中であなたに会えることだけをいつも楽しみにしていた。そう、思った。
もちろん、観戦記者がひとりの麻雀プロに肩入れした記事を書くつもりはない。
しかし、この大舞台でもう一度長村大プロの背中を観ることができるのは、ひとりの麻雀愛好家として限りなく嬉しい出来事であることをどうしても伝えたかった。私にとってこの対局は、別の意味で「王者の帰還」なのである。
大事な対局記事の前半を私物化して誠に申し訳なかった。20年前に自分が心から憧れた人がまた最強戦に出ると知り、つい興奮してしまったのだ。伏してお詫びし、対局の様子に戻ろうと思う。
東1局は、をポンした醍醐の300・500でスタート。
東2局
醍醐が配牌からの対子落としを始めた。
配牌4対子ではあるが、チートイツ以外で打点が絡まないを2枚このタイミングで離しておけば、そのスペースにタンヤオ牌や安全牌をはじめとした余剰牌を持てる。また、良さそうな手に見せて他家を脅すこともでき、高打点を親被りする前に軽い仕掛けを入れて貰うことも期待できるのだ。
しかし、この局の本命は前田であった。スッと切ったの裏で、静かにダマテンの満貫テンパイを果たしていた。
醍醐がこの形へをつかむ。「打った、これはダメだ」実況・解説席が叫んだ。
2005年に最高位戦日本プロ麻雀協会に入会した醍醐は、長くAリーグに在籍しながらも、そこまでメディアに注目されている選手ではなかった。しかし2020年にBIG1カップ優勝、同年に戴冠した最高位の優勝決定戦で醍醐が見せた涙は多くの人々の共感を呼び、いまや麻雀界で知らない人はいなくなった。
あまり時間をかけず醍醐は、平然とを抜いてオリた。
前田の捨牌に対して、「もう萬子の真ん中を打つつもりは無かった」と後に醍醐は語った。
しかし、決まれば決勝進出に近づく親のピンフ高めドラ1イーシャンテンである。正確な読み、そしてその読みに自分を預けて惜しげもなく勝負手を畳むその姿に、長くAリーグに在籍する本物の麻雀力をみた。
ここは、テンパイしていた金が飛び込み8000点。
東3局
前局8000点をアガった前田が、親番のピンフをダマテンに構える。