しかしそれすらも届かないというのなら、人は何に祈ればいいというのか。
開局から5連続放銃。しかも起家であるが故にもう親は回ってこない。
松本は思っただろう。
もちろんトップを取ることがこの半荘のプランAだった。しかしもはやそれは簡単なことではない。取るべきプランBは……。
松本のプランB、その片鱗が見えたのは【南2局1本場】。
ドラドラになった北家の松本。形もかなりいい。当然ここで切るべきはオタ風の……
ではなく、迷いなくを切っていった。
次巡の引きでは。これは一風変わった切り順だ。
門前リーチでタンヤオやピンフを見て手を進めるために、相手に鳴かれやすい役牌から切ってオタ風を残す手順は確かにある。
しかし今回の松本の手牌はピンフにはなりにくいし、ドラのもある。やを重ねるためにから切るのが自然そうだ。
この切り順にする目的の一つ。恐らくだがそれは南家:内川に対するWを重ねる前の先切りだろう。
ABEMASの目下の標的はボーダー上にいるサクラナイツ。セミファイナルに進むことを考えると、ここでのトップラスはかなりの致命傷に成り得る。内川トップの現状は余りにまずい。
切らないことが一番だが、どうせ自分の手都合で切ることになりそうなので一刻も早く切っておく。
それは、本当にわずかな差かもしれない。やるのが得かもわからないような手順の違いなのかもしれない。
実際に、松本のプランBは目に見えて結果に影響するようなことこそなかった。
最後は和了りに行ったリーチが内川を捕らえる形での決着となり、サクラナイツとのトップラスだけは避ける形となった。
人よりも大きなその男は、人が目も向けないような小さな一打で、運命というどうしようもない悪意に抵抗の意思を示して見せたのだ。
「それが今できる最善の、僕のラスの取り方だと思いました。」
松本の瞳は確かに前を向いていた。