【麻雀小説】中央線アンダードッグ 第40話:経営【長村大】

中央線アンダードッグ

長村大

 

 

第40話

 

ツモ牌を手牌の横に伏せて、2着を競っているトイメンの学生が考えている。意を決したか、やおら「リーチ!」と声を張り、を横に曲げる。トップ目のおれはしばらく前からすでにオリ気味に手を進めていた。親である、流局でチャンチャンだ。

「ツモ!」

若者がオーバーアクション気味に一発ツモを叩いた。

 

 ツモ ドラ

 

メンタンピン一発ツモイーペーコー跳満ツモでトップ!」

その通りである。

「フリテンリーチ、デジタルでしょ? 小山田さん」

おれは苦笑しながら、点棒を払った──

 

 

地理的には吉祥寺の南、京王線沿いに調布という駅がある。

その調布に、定期的にゲストに呼んでくれていた雀荘があった。オーナーとその奥さんが切り盛りし、数人のスタッフでやっているこぢんまりとした、アットホームな店であった。とある縁で知り合ったオーナーはおれより三廻りほど年上で、元々は出版畑にいた大先輩でもあり、非常に良くしてくれた。

 

「小山田くん、ちょっと話があるから一杯どう?」

その日の帰り際、オーナーに誘われた。断る理由もない。

店の近所の小さな居酒屋の片隅でビールなど飲みながら雑談をした後に、切り出された。

「雀荘、やってみないか?」

「え?」

真意をはかりかねて、おれはオーナーの目を見た。

「いやね、八王子の知り合いの店のオーナーが、本業の都合で店を続けるのが難しいみたいなんだよ。『M』っていう店、知ってるか?」

もちろん知っていた、ほんの少し前に取材で訪れたばかりだった。

「流行ってなくてツブす、わけじゃなくて、流行ってるみたいなんだよ。で、買い手を探してる」

7卓か8卓ほどの店であったろうか、たしかに先日訪れた際も、平日の昼間にも関わらず若い客でほぼ満卓であった。

「居抜きで500万で売りたいっていう話なんだ」

「すいません、それはちょっと無理ですよ。そんな金ないです」

「そうだろうね。で、X社の会長知ってるだろ?」

X社とは腕利きの社長が一代で築き上げた中堅の出版社で、その社長が今は会長になっている。この会長が麻雀が好きで、色々な大会や衛星放送のスポンサーをしていた。その縁で何度か会ったことがあった。

「ええ、ウチも何度もお世話になりました」

「その会長が、若いやつがやるなら500万出してもいいって言ってるんだ。もちろんもらえるわけじゃない、借りるんだが、利子はない」

「……少し、考えさせてください」

 

雀荘の経営。むろん興味はあるし、それなりには知っている仕事ではある。問題はやはり金だった。

500万円をありがたく借りられたとしても、当然それだけでは足りない。名義変更をすれば、風俗営業の許可がおりるまで二か月程度は空家賃を払わなければならないし、その後のランニングコストもある。自分ですぐに用意できる現金はせいぜい100万程度だ、他に誰かに借りねばなるまい。その目途が立たなければ、この話は受けられない。

翌日、調布のオーナーに電話して、それをそのまま話した。

「わかった、八王子にはちょっと待ってもらうよ。ただ相手の都合もあるから、なるべく早くしてくれ」

 

まずは親に頭を下げに行ったが、断られた。ケチなわけではない、それだけおれの信用がないのだ。何も言わずにふらっと家を出たきりめったに帰らなくなり、大学には行きもせずに籍だけ置いて授業料払わせ続けたあげく中退。どこでなにしているかもよくわからない、そんな息子にパッと大金貸すほど甘くはない。当たり前だ、ふざけた生き方をしているのだから代償はある。

 

だが、意外にもすぐに融資してくれる人間が現れた。都内で何店舗か雀荘を経営している人間で、八王子ではバッティングしない。雀荘業界にも明るく、元の店が流行っていることも知っていたので、そこなら大丈夫だろうということだった。300万なら貸す、ただし利子は取るよ、という話になった。あるいはなにか目論見があってのことやもしれないが、おれに取っては渡りに船であった。口約束だけして、形は後で整えようということで落ち着いた。

 

すぐに調布に電話して、X社会長と会うことになった。500万円、利子なし、返済は店が軌道に乗ってから分割で良い。おれのような素寒貧にこんな条件が出てくるだろうか。会長には感謝してもしきれない。

八王子のオーナーとも連絡を取り、契約書にサインして金を払った。あとは新たに風俗営業の許可を取ればスタートできる。

 

 

そもそもが甘い考えだったのはわかっている、自己資金はほとんどなし、借金だけでやろうというのだ。舐めている。あるいは少し焦ってもいただろう。だが、それでもやりたいと思ってしまったのだ。

 

300万円を借り入れる話はまだ詳細を詰められないままであったが、おれはすぐに阿佐ヶ谷のアパートを解約し、八王子に新たに家を借りた。駅からは近かったが、エレベーターなしの4階建てマンションの4階であった。

次に知り合いのつてで麻雀荘の開店に慣れている司法書士を紹介してもらい、許可を申請した。そもそも雀荘だった場所である、特に問題はないだろうということだった。ただし、やはり役所仕事なので二か月くらいは時間がかかってしまう。

 

引っ越し代やら司法書士に払う金やらで、手持ちの現金は目減りしていた。次からは家賃も払わなければならない。なるべく早く金を借りたかったが、相手となかなかスケジュールが合わず、またこちらが借りる身で相手を急かすのもためらわれた。

すでに一回目の家賃を払い手元がだいぶ寂しくなったころ、ようやく相手と会う約束を取り付けることができた。言うまでもないが、嫌な予感はしていた。そう、ふざけた生き方をしていれば、それなりの代償を払わなければならないのだ。

 

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