【麻雀小説】中央線アンダードッグ 第56話:染め手【長村大】

中央線アンダードッグ

長村大

 

 

第56話

 

「リーチ」

親のカジからリーチがかかる。開局直後である。

 

 ドラ

 

カジは一色手を好むことで有名だったが、同時に生粋の手役派でもある。リーチのみということは少ない、なにか手役が絡んでいる可能性も高い。だがいずれにしろおれは戦える手牌になかった、迷わず現物を抜いた。漫画家も麻雀プロも慎重に打牌を選んでいる、トップしか意味のない麻雀、いきなりの放銃は避けたいと思うのが心理だろう。

カジの一人旅となったが、これはツモれず流局。

 

 ドラ

 

一人テンパイで開けられたカジの手牌は、リーチ宣言牌がフリテンであった。おそらくカンテンパイをツモアガったところからのリーチだろう。たしかに千点オールをアガったとてノーテン罰符と大差ないアドバンテージ、をツモれば最低でも6千オールになり、優勝に大きく近づく。いきなりの親リーチに押しづらいという読みもあっただろう、らしい決断であったが、子方としては胸をなでおろした。

1本場、カジの捨て牌が序盤からおかしい。マンズが1枚も切られていない、明らかな染め手狙い。カジの十八番だが、かなり遠いところからブラフ含みでこういうことをする場合がある、進行具合はいまいち計れない。親番につきそこまでバラバラではなさそうだが、という程度だ。

そこに漫画家からリーチが入る。彼もまたくだらないリーチをかけるタイプではない、それなりの手牌ではありそうだ。また、このリーチへの対応でカジの手も少しはわかってくるかもしれない。

おれはこの局も手がない、一回休み。

下家のプロが、リーチの現物のを切った。カジの色である。

おそらく他にも切る牌はあるだろう、だがカジに鳴かれても構わないと考えたはずだ。一発が消えるし、後は二人でやり合ってくれ。

「ポン」

カジが鳴く。三人に緊張が走る。

鳴くこと自体は想定通りだが、ポンはまずい。リーチに切れているマンズはのみ、その安全牌2枚を消費しての鳴きだ。本手が入っている証拠、遠い鳴きではないだろう。カジの打牌は現物の字牌、まだマンズが余っていないのが救いといえば救いだ。

カジの下家、漫画家がツモ山に手を伸ばす。ツモ切る際にほんの僅か、不安の色が表情に浮かぶ。だが彼もすでにリーチだ、できることはない。

「ポン」

カジが再び声を発する。ど真ん中、無筋の切り。これはもう、さすがにだ。

漫画家が観念したようにをツモ切る。小さな直方体の六面全部に当たりと書いてある。

「ロン」

カジが手を開く。

 

 ポン ポン ドラ

 

チンイツドラ1のハネマン、親で1万8千点。

漫画家がリーチをかけてからわずか数十秒、彼もまさかこんな結末が待ち受けているとは思わなかっただろう。一歩先にぽっかりと空いている大穴、だが我々は常にそれに気付けない。

漫画家は瀕死の大怪我、残りの二人もピンチである。まだ東1局とはいえ、半荘1回勝負での親ッパネは大きい。繰り返すが、トップしか意味のない麻雀なのだ。

これ以上カジに加点されるのは許されない、次局はプロが良いタイミングで漫画家に風牌のを鳴かせ、それを軽くツモアガり親を落とす。

だがここから、またもや重い展開となった。

是が非でもビハインドを取り返したい漫画家の親だが、その漫画家がテンパイしない。逆に一人ノーテンで流局となり、三者との点差が開く結果になってしまう。

おれの親である。

サイコロを振り、慎重に配牌を取る。

思えば、この「配牌を取る」という行為もおれにとっては久しぶりのことであった。自動配牌卓もすっかり人口に膾炙し、もはや大概の雀荘に設置してある。満卓になったときにだけ使われる、普段はカバーかけて荷物置き場になっている隅っこの卓か、プロの対局くらいでしかサイコロなど振らない。二度目の半荘なのでさすがに慣れてはきたが、最初は上がってきた山の長さに驚いた。山ってこんなに長かったんだっけ。

だが配牌は悪かった。

いかにもアガリは難しそうだ、後は他家の手が遅いことを願う。

終盤、なんとかイーシャンテンまで漕ぎつけたが、ツモは残り一回。ほぼノーテンで終わりそうなときであった。

上家の漫画家が小考して、スッと無筋を切ってきた。

それをチーしてテンパイ、流局。漫画家はノーテンであった。

すでに大きなビハインドを背負い、東場の親も失っている。彼としてはノーテン罰符の失点をおしてでも、局の数を増やしたい。そもそもおれとの点差は関係ない、問題はカジとの点差だけだ。彼もまた、全力を尽くして戦っている。

その執念が実る。

次局、すでに深い巡目ながら漫画家がリーチ、そして終局間際にツモ。

 

 ドラ ツモ

 

不細工かつ不格好だが、満貫に変わりはない。必死に追いすがる。しかしカジとしても、ラス目がアガる分には悪くない展開なのだ。

いずれにしろ、おれはあまりできることのないままに東場の親を落とすことになった。

 

 

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