白鳥の繊細な手順は日の目を見ることはなかったが、芸術的とさえ感じるものだった。
冒頭に紹介した棋士、森内俊之さんの著書『覆す力』にこんな一節がある。
以下引用
「将棋には、二人で一枚の絵画を描くことや、二人で音楽を奏でたりすることに似た芸術的な一面がどこかにある」
引用終わり
白鳥の手順を見ているとこの一節が頭をよぎるのだ。
我々アマチュアの対局だと、「せっかく捨て牌に気を使ったのに、肝心の相手が何も見ていなくて意味がなかった」なんてことも多々ある。
トッププロの対局ならではの駆け引きが感じられて、見ていて非常に心地よい。
南3局1本場には内川がマンガンのツモアガリ。

勝負はオーラスへ。
2着目内川はマンガンツモ、3着目瀬戸熊はハネマンツモの条件だ。
白鳥はラス親。
アガってももう1局あるため、アガるなら内川のマンガンツモ条件を消す2900以上のアガリが欲しいところだ。
そこそこまとまっているだけに進行が難しい手牌だ。

6巡目、手が止まる。
白鳥は自分がアガらなくてもトップになる展開はいくつかある。
一つはラス目前原のアガリだ。
前原はハネマンツモでようやく3着。もちろん逆転は狙うだろうがドラドラくらいで早い手なら自然にアガリにきてもおかしくない。
そこで前原の捨て牌を見てみると、





これはホンイツを狙っているように見える。
「前原さん遅そうだな・・・」
前原のアガりで白鳥が逃げ切れる可能性は少し下がったかもしれない。
一方他の二人に目を向けてみると、とくに目立った情報はない。
自然に打っているように見える。
瀬戸熊は点棒的に2着を狙ってくれるかもしれないが、簡単にトップをあきらめる打ち手ではないのは百も承知だろう。
珍しく時間を使う。
白鳥の右手が手牌の上を彷徨う。



約20秒の長考の後、放たれたのはそのいずれでもないだった。
?!
次の巡目に謎は解けた。
アガリをあきらめオリに徹することを決めた。
その決断に要した時間が「20秒」ということだ。
自分の手は全く進まず、愚形の残ったリャンシャンテン。
内川と瀬戸熊はまっすぐ手を進めている。
この二人がつぶし合ってくれるか、無事流局するかに望みをかけた。
ところで、このあたりで生牌のを切る選択はあったと思う。
前原が鳴いてくれれば白鳥にとってみればかなり有利に働く。内川と瀬戸熊も前に出づらくなるからだ。
また、瀬戸熊が仕掛けた場合も、放銃さえしなければトップは守れる。
唯一内川が仕掛けて、マンガンある場合だけ大損だが、2着キープのケースもあるし、切るメリットの方が大きい気がした。
もっとも白鳥もそんなことは百も承知だろう。
もしかしたらもう少し後で切ろうと思っていたのかもしれない。
この辺りは是非白鳥本人に聞いてみたいところだ。
まずは瀬戸熊からリーチ。
中をトイツ落とししてのリーチだ。
高めツモで一発か裏ドラが乗れば逆転。
白鳥ピンチに見えるが、これは想定内。
あの20秒の長考の間に覚悟は決まっている。
引き気味に構えていた内川もを引けば話は別。