時間がないのはこちらも一緒。多井もツモ切りリーチで応戦した。勝ち上がりまであと一歩である。
最強位vsレジェンド、最終局面での全面対決。
ともにリーチのみ、ペンの愚形待ち、山には残り2枚。
どこまでも無骨で、どこまでも熱く、どこまでも勝ちたいリーチ勝負。
だが、勝ちたいのは多井と井出だけではない。徳井が多井の切ったをチーして前に出る。勝つためにはハネ満が必要だったところに井出・多井がリーチをかけたため、自身の条件が軽くなったのだ。だが、チンイツに仕上げるために払っていくのは、二人のロン牌。
徳井が多井のを仕掛け、打。
「「ロン」」
二人の「ロン」の声が重なった。
手を開けたのは井出、頭ハネだ。中継には映っていなかったが、井出は多井を手で遮ったという。打点はリーチのみの2000。だが、その差はあまりにも大きい。
南4局1本場は井出が岡崎からピンフドラ1の2900は3200を出アガリ。岡崎もテンパイしていただけに、追い付いていなかった多井としてはいったん救われた形になった。だが、これで多井と井出の点差は6200、井出はノーテン宣言による決着が選べるようになった。
事実上の最終局、多井はとにかくテンパイしなければならない。難しい局面が続く中で、慎重に打牌を選んでいく。
1シャンテンにたどり着いたのは15巡目。残された時間は、ほんのわずか。出アガリは期待できず、勝つためにはツモ番があるうちにテンパイするしかない。
17巡目、祈るようにツモる多井。手の内の牌は・・・
。
その瞬間、多井隆晴の、最強位陥落が決まった。
打牌に少し時間を使う。
そのとき、多井は何を思っていたのだろうか。
徳井は、4位にこそ終わったものの、全14局中、実に8局において鳴きを使うという、戦前の言葉に違わぬ鳴き麻雀を見せてくれた。
特に印象的だったのが南2局、自身の最後の親番で、ここからをポンしたことだ。ソーズが多めながらも、手牌は全くまとまっていない。このに声が出る打ち手は、それほど多くないはずだ。徳井が随所に見せた鋭い仕掛けは、この対局を引き締まったものにしてくれたと思う。スケジュールの兼ね合いはあるだろうが、ぜひ来年も、独自の鳴き麻雀を見せてほしい。
勝ち上がった岡崎と井出。岡崎は序盤のリードを生かして安定の戦いぶりを見せ、井出は最後まで多井とやりあい、最後はねじ伏せた。年齢は40以上も違う二人だが、共に初の最強位へ向けて、最大のチャレンジとなる。勝るのは若者の勢いか、レジェンドの技量と経験か。
多井の最強戦連覇はならなかった。一発勝負の麻雀最強戦で、ああもチャンス手がテンパイせず劣勢に立たされ続ければ、普通なら必然の敗戦かのように思う。しかし多井は少ないチャンス、いや、チャンスとすら呼べないわずかな糸口も見逃さず、最後まで勝利を目指して戦い続けた。そして何より、これだけ厳しい戦いでも「多井なら何とかするのではないか」と思えたのも、事実である。
最強位・多井隆晴は、敗れてなお強かった。そして敗戦の悔しさを糧に、来年はもっと強い多井隆晴として、最強位奪還に燃える姿を見せてくれるはずだ。
さいたま市在住のフリーライター・麻雀ファン。2023年10月より株式会社竹書房所属。東京・飯田橋にあるセット雀荘「麻雀ロン」のオーナーである梶本琢程氏(麻雀解説者・Mリーグ審判)との縁をきっかけに、2019年から麻雀関連原稿の執筆を開始。「キンマweb」「近代麻雀」ではMリーグや麻雀最強戦の観戦記、取材・インタビュー記事などを多数手掛けている。渋谷ABEMAS・多井隆晴選手「必勝!麻雀実戦対局問題集」「麻雀無敗の手筋」「無敵の麻雀」、TEAM雷電・黒沢咲選手・U-NEXT Piratesの4選手の書籍構成やMリーグ公式ガイドブックの執筆協力など、多岐にわたって活動中。