中央線アンダードッグ 第15話【長村大 連載小説】




中央線アンダードッグ

長村大

 

 

第15話

 

本戦の会場は目白通り沿い、九段下交差点のすぐ近くにあるホテルGである。九段下駅からならすぐだが、おれは飯田橋駅から10分ほどかけて歩いて行くのが常だった。理由は特にない、ただ街並みを眺めながら歩くのが好きなのだ。この日もそうした。

オフィス街の日曜は閑散としている。普段と違うのはそれだけだ、なにがあるわけでもない、よく通る道である。左手にT書房のビルが見えてきたら、もうすぐそこである。

Gホテルのエントランスを入り、エレベーターを待つ。会場は4階にある一番大きなホールだ。今のところ、特に緊張しているわけでもない。

不意に、肩を叩かれた。

コニシだった。

「あれ、負けたやつがなにしに来たの?」

「去年と同じだよ、採譜係。今日は小山田くんの記録取らせてもらうから、よろしくね」

「ああそうか、採譜か……」

まったく考えていなかったが、今日は全対局、採譜をするのだ。今まで採譜をする側には何度となくなってきたが、取られる側になるのは初めてのことであった。変な話だが、ここで少し緊張してきた。

「で、調子はどうなの?」

コニシがきいてきた。

「いやーこのところなんだか忙しくて、あんまり麻雀打ててないんだよね。フリーで何回かやったくらいだから、調子もなにもね」

「え? マジで?」

「マジ」

「ちゃんとやってよ、若手の代表なんだから!」

「まあでもさ、急に上手くなったり下手になったりしないからさ」

コニシの口調はほんの僅か、しかし静かに、かつ真剣な怒気をはらんだものだったが、他人のことにそこまで本気にになれる真面目さが、おれは少しおかしかった。

「まあ心配すんなよ、どうせ勝つよ」

不満気なコニシに、おれはつとめて軽く言った。

 

 

3回戦の南3局、親である。

5回戦で16名中上位4名が決勝進出、最初の2回は2着3着で、少しのマイナス。いずれもあまり手が入らず、座っているだけのようなものだった。この3回戦も、ここまでの展開をなぞるように、なにもできないままに南場の親番を迎えた。しかも13000点ほどのラス目である。

このままラスで終われば、相当厳しいことになる。残りの2回戦はほぼ連勝条件になるだろう、この親番はなにがあっても死守しなければならない。

 

そして、手が入った。

 

 ツモ ドラ

 

7巡目である。迷わずにリーチ宣言をして、を横に置いた。

当時は、とりあえずダマテンに構えるのがマジョリティだったように思う。むろん四暗刻への手変わりがあるからだ。しかし、ツモるかが出たら倒すとして、は出アガリがきかない。その間他家に自由に打たれるのが嫌だし、また、たとえツモり四暗刻のテンパイとなったとて、ドラを切ってど真ん中のシャンポン、出ても裏ドラがなければ満貫止まりだ。ならばリーチとしたほうがよいと判断した。

12巡目、トイメンに座っている3着目から追いかけリーチが飛んできた。顔を赤くして、必死の表情である。読者予選を勝ち上がってきた一般人の若者、ここまでの2回の成績が悪かったと言っていたので、後がない局面でのリーチだ。怖さはある。

 

脇はオリた。二人のめくり合いだが、決着がつかないまま、おれの最後のツモ番となった。下家がハイテイなのでトイメンのツモ番は、もうない。

 

である。

一瞬、考えた。100%通る牌だ、ツモ切ってもいい。下家が安全牌を切って流局、テンパイで連荘になるだろう。

カンすればリンシャンでツモアガるチャンスはあるが、同様に放銃になるリスクもある。そうなれば、この半荘のラスはまぬがれまい。

だが流局で連荘して、次に手が入る保証はなにもない。ツモる確率と放銃の確率が五分五分なら──。

 

「カン」

新ドラは乗らない。

リンシャン牌に手を伸ばすと、そこにはが寝ていた。リーチ・ツモ・リンシャン・イーペーコー・ドラドラ、裏ドラもなかったが、親のハネ満、見事当選である。

唇を噛みしめておれのアガリ手を見るトイメンの顔が、視界の隅に入る。これで彼は事実上の敗退だ、悔しいのだろう、もちろんわかる。だがその顔はダメだ、負けた奴の顔だ。負けたときほど、負けた奴の顔をしたらダメだ。