【麻雀小説】中央線アンダードッグ 第58話:死体【長村大】

中央線アンダードッグ

長村大

 

 

第58話

 

いつもと変わらない摸打だが、心なしかカジに闘志がみなぎっているように感じる。この局で加点できれば大きく勝ちに近づくのだ、気合が入るのも当然だろう。

だがあるいは、それはただ単におれの見え方に過ぎないのかもしれないな、とも思う。惧れと言い換えてもいい。ここで加点されたらまずいという心理が、必要以上にカジを大きく見せているだけなのかも。

「闘志」も「オーラ」も実在しない、人体の背後に赤い霧状のものが発生したりはしない。だが同時に、それは存在はする。それは本人ではない、相対している側が自ら見るものだ。見えないものを、実在しないものを自ら想像し作り出し、そして人は見る。

つまり、おれは今カジを畏れ、押されている。

 

「リーチ」

やはり、来た。カジだ。ドラのを叩き切ってきた。

「ポン」

漫画家が戦う。無筋を投げた、ここも背水の陣だ。

カジ、ツモ切り。

漫画家がなにかをツモって小考、手の中からを切った。序盤に自分で切っている牌だ、おそらくをツモってのスライドだろう。

「……ロン」

カジが手牌を倒した。

 

 ドラ

 

裏ドラは乗らない、メンピンのみ。

食い取っただとか言うのはもちろん無意味で、ただの結果論に過ぎない。山にある枚数が変わらない以上、逆のパターンも同じだけ起こりうる。

だが、だ。カジの心境は如何ばかりか。ドラのだ、漫画家の手の内はわからないがおそらくテンパイ、鳴かない選択肢は存在しないだろう。回避する道筋はなかったように思える。

だがそういえば、カジは理論家であると同時に目に見えないものを信じる──信じたい──タイプであった。麻雀に流れも勢いも実在しない、だがやはり存在する、それは極めて個人的なものとして、在る。

 

ようやくおれに手らしい手が入った。3才児から100才まで、ルールさえ知っていれば誰でもアガれるようなやつだ。

 

 ドラ

 

6巡目にこれをリーチ、三色にならなかったのはやや不満だが、かといってこれをダマテンに構えるほどの余裕はない。でアガれば裏ドラ1枚で満貫になる、それでも十分だ。

だがツモったのはだった。メンピンツモのナナトーサンだと少し寂しいが、と思いながらめくった裏ドラがその。1300・2600ならば文句はない、結局どれでアガっても一緒だ。

 

漫画家の親。すでにハコを割り、カジとの点差が5万点以上の彼にとってはこれが最後の砦になる。だがそれくらいの点差が一瞬で吹っ飛んでしまうのもまた、麻雀だ。カジとて油断はできない。

その漫画家から、早い巡目のリーチが飛んでくる。

もちろん待ちなどわからないし、同様にどんな手かもわからない。愚形のノミ手から死ぬほど高い手まで、なんでもある。どんな手牌だろうが、メンゼンでテンパイすればほとんどリーチ──かけたかろうがかけたくなかろうが──と来ざるを得ない場面だからだ。

他三者は、よほどの手がなければここのリーチには向かわない。断ラス者だ、一二度アガってもらってもかまわない。特にカジは、よほどの手であってもオリに回るだろう。

 

三人が三人とも、現物を並べ続ける。傍から見れば、もう漫画家のツモ筋だけめくってけばいいだろ、みたいに見えたかもしれない。だが、おれに密かに手が入っていた。

 

 ツモ ドラ

 

は無筋。そっと現物のを置いた。

ツモでテンパイなら、を押す心づもりでいた。

下家のプロが、少し考えてを切る。通ってはいない牌だ、だがが通っていてスジ、場に1枚切れの牌。ほぼトイツ落とし以上だろう。

 

漫画家もツモれない。だが表情から焦りは感じられない、それは余裕というよりは、ただ天命を待つ姿に思えた。リーチなのだ、あとはもう人間にできることはない。

 

指先に丸い感触が伝わる。他のどの牌とも似ていない、を盲牌したときの感触。一旦、ほんの少し時間を置いて確認する。間違いなくテンパイだ、ドラが暗刻の高めイッツー

「リーチ」

発声して、を横に置く。

「ロン」

御用だ、だ。

声が二重に聞こえる、一瞬幻聴かと思った。

 

 ドラ

 

声がかかるのは覚悟していた、ドラがなくとも手役が絡んで高い可能性ももちろん承知の上だ。

唯一の誤算は、開かれた手牌が下家のプロのものであったことだ。

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