今、成すべきことは
渋川難波、最後の選択
文・東川亮【代打ライター】2024年5月16日
朝日新聞Mリーグ2023-24ファイナル。
火曜日の第2試合オーラス、園田賢が小林剛のロン牌をつかんだとき、率直に思った。
「ああ、これで優勝争いは決着した」と。
小林がトップを獲ったことで、首位に立つU-NEXT Piratesは2位の赤坂ドリブンズに対し、360ポイント以上の差を付けた。残り4戦、トップラスを4連続で決めてようやく可能性が見えるか、という数字である。EX風林火山、KADOKAWAサクラナイツの条件はさらに厳しい。
パイレーツは優勝シャーレの待つ港まで、細心の注意を払いながら航海を進めればいい。では、残り3チームはどう戦うのか。
Mリーグの賞金は、2位で2000万円、3位で1000万円と言われている。それは決して、むげにできるような金額ではない。あくまで優勝を目指すのも、目先の賞金をつかみに行くのも、ファイナルに勝ち残ったチームの権利だ。
第1試合
南家:瑞原明奈(U-NEXT Pirates)
北家:渋川難波(KADOKAWAサクラナイツ)
東4局は、4巡目にして太に門前ホンイツ一気通貫、単騎待ちという大物手のテンパイが入っていた。単騎待ちということは、ソーズは何を引いても門前チンイツに手変わり、リーチをすれば三倍満も見えるが、を引いて少考。
太は待ちを単騎に変え、リーチを宣言した。もちろん、ダマテンを続行しての手変わりや、瑞原からの直撃を狙う手もあっただろう。ただ、瑞原はすでにを仕掛けてといった尖張牌が余っており、手は早そう。このまま勝負手を潰されるよりはと、プレッシャーも込みでのリーチだった。は自身以外にはオタ風で瑞原が1枚切っており、アガリに向かうならおそらく切られる牌、ということもあっただろう。
だが、瑞原とて手をこまねいてアガリを待つわけにはいかない。太の現物を鳴いてテンパイ、待ちは単騎に受けた。太、渋川がを切っていて自身から3枚見え、全員が早い巡目でピンズの下を切っているということで、は狙い目に見える。
単騎待ち対決は、瑞原が制した。ライバルのチャンスを、残された時間を、海賊がしたたかに奪っていく。
南2局の親番では、太のリーチをかいくぐってツモタンヤオピンフドラの2600オール、このアガリでトップ目に浮上。他3チームにとって、パイレーツをラスに沈めることは奇跡成就の最低条件だった。しかし、もはやそれすら厳しい。
風に帆に受ける海賊船は、勢いを緩めない。次局、瑞原はわずか3巡でドラ1含みのテンパイにたどり着くと、ストレートにリーチをかけた。待ちのカンは決していいとは言えないが、周りからすれば、親の瑞原の先制リーチはそれだけで脅威。押し返して直撃を狙おうにもまだ手が整いきっておらず、反撃ルートのどこに地雷が埋まっているか、そしてその威力も分からないからだ。
とは言え、戦うに足る手ならば話は別。松ヶ瀬が並びシャンポンの待ちと決していいとは言えないテンパイ形ながら、タンヤオ赤赤でリーチ、カウンターを狙う。だが、この待ちは既に山にはなし。
終盤までもつれるも瑞原がツモって、2000は2100オール。トップ目からさらなる加点に成功する。
瑞原は試合前にチームで話し合いをし、「ハイリスクハイリターンの選択はしないが、加点のチャンスがあれば狙う」という方針を定めて、この一戦に臨んだという。
いわば平時と同じような戦い方だと言えるが、それは瑞原をはじめとするパイレーツの面々が今シーズンの120試合以上にわたって進み続けてきた航路だと言えるし、今そのやり方を選べるのは、ここまで勝ってきたからだ。栄冠は常に、日々の積み重ねの先にこそある。
ただ、そうした状況が突如として崩壊しかねないのも、麻雀というゲームの怖いところ。南2局4本場、太が1巡目からをポン。手の内にはトイツにが1枚、明らかに役満・小四喜狙いだ。
3巡目、瑞原は孤立のをリリース。しばし手が止まったのはオタ風から仕掛けた太の手の内を警戒してのことだと思われるが、それでもノーマルに打つなら切りになる。
太は当然のポン。こうなると、相手も警戒度を高める。
渋川は、5巡目にをツモ切ったものの、7巡目に引いたに手を止め、大回りとなる切りとした。渋川は追う立場だけに叩き切ってもよかったが、それでも自身の手がまだ遠い上、万が一太に役満をツモられたり振り込んだりしようものなら、奇跡の可能性を自らの手で絶やしてしまうことになりかねない。
瑞原も、を切っての待ちピンフテンパイをとらなかった。瑞原は渋川以上にリスクを負うような立場ではない。大量リードを4戦で覆されるようなことは、絶対に避けなければいけないのだ。ここは最悪を想定して構える。
太は小四喜の待ちまでたどり着いたが、この時点でロン牌は瑞原と渋川に全て抱え込まれ、もちろん打たれるような牌ではなかった。大逆襲の火種ははかなく消え、試合は瑞原優位のままで進んでいく。
その後は太、渋川がアガリをものにして瑞原に食い下がり、場面は南4局9本場を迎える。親番の渋川は、アガりさえすればトップ目に浮上できる状況、打点を狙ってホンイツへと向かっていたが、松ヶ瀬のリーチを受けて一度は守備に回る。そして、に続いて通っていないを引き、少考に入った。
現状は瑞原に次ぐ2番手で、トップも十分狙える位置。しかし放銃すればほぼ太の逆転を許すことになる。そして、松ヶ瀬のリーチが安いはずがないと考えれば、ラス落ちすら想定される。ただオリて瑞原にトップを譲るのは、すなわち優勝を諦めるということ。リスクを負って前に出る選択はあった。
けれども。
渋川は現物を抜いた。たとえ優勝が叶わなくとも、今得られる最善の結果に向けて、可能性を残す。その選択はもしかしたら、恐怖を振り払い一か八かを挑むよりも、勇気のいることだったかもしれない。
だが、そんな渋川に、麻雀は再び問いかける。
本当に、それでいいのか?