イーペーコー完成。打とし、これでカン待ちの出アガりが利く格好となった。一撃必殺であの頃の沢崎に戻れるか。今シーズンは不調が続いているだけに否が応でも期待が高まった。
を引いて打。とのシャンポン待ちにする。リーチはかけない。これはひょっこり出てきたを捉えるつもりか。それでも倍満だ。ただは1枚河に切れており、残りはあと山に1枚。
全員が沢崎の手に注目しそうな中で多井も迫ってきていた。イーシャンテンになり、を切っておく。筆者は多井がを掴んだらどうなるかを予想していた。この手なら押すかなーとか、ちょっと嫌そうな感じで切るか、切らずに手牌の左端に置きっぱなしにするかのどれだろうかと。そんなことを考えていたら沢崎のところで動きがあった。思わず「はいっ?」と声が出た。
沢崎がシャンポン待ちからドラのを切り、単騎に構えたのだ。チートイツのテンパイではあるが、はなんと場に2枚切られていたのである。完全なる地獄待ちだ。なるほど、誰が掴んでも絶対に出る待ちにしてやったのだと納得した。いやらしい。去年嗅いだ毒の匂いが漂うこと漂うこと。
ところが今度はから単騎に変える。むむむ、わからない。決してよさそうな待ちではないようだが……沢崎によるとは亜樹に対して危ないと見ていたようだ。確かに、持ち点のない亜樹がをすぐにポンして不十分な手格好なわけがないとも(実際はイーシャンテンだった)。それにカンまでしているもの。テンパイしていてもおかしくない。
次巡にをツモ切りリーチ。もう間に合わないと見てか単騎のまま勝負に出た。果たしてこれが納得の結果になったのかはさておき、くるくる単騎待ちを変えて突然のツモ切りリーチは沢崎らしく思えた。毒の粉を卓上に振りまいているようである。もう誰もわからない。実況の日吉プロの翻弄されている姿に筆者は思わず笑ってしまった。
立ち向かったのは多井。を引いて両面2つのイーシャンテンになっている。
そしてテンパイ。通っているを切って待ちのリーチをかけた。沢崎のは山にはなく、が山に2枚あった。多井の負けはない。
結果は流局となった。最終盤で多井の河にはあのが。もしシャンポン待ちでリーチをかけていたら展開は大きく変わっていただろう。こう見ると沢崎が転んだようにも見えるが、チートイツでアガる未来も考えられたわけで、それはそれで伝説を生んでいたに違いない。紙一重の勝負だった。
さて、東場を終えて非常に展開が重い。今までのセミファイナルでは誰か1人が気持ちよく突き抜けてトップを取っていたことが多かったが、どうもこの局は接戦である。皆、決定打となる何かを掴み取れずに苦労していた感がうかがえた。
南2局2本場と移る。
親の多井が初手にドラのを切ったのだが、これを北家の沢崎がポン。労せず鳴くことができた。
何やってんだ多井と思う方もいるかもしれないが、自身の手はこうだった。を重ねても門前でリーチするには時間がかかりそう。ならば先にを切っておいて、後々訪れるドラポンの恐怖を回避して勝負する狙いかと推測した。個人的にはさすがと感じた一打である。今回はすぐに沢崎に鳴かれるという唯一の裏目のケースになってしまい、かなり状況が悪くなってしまった。
着々と手が進む沢崎。満貫一発でトップに立てる。
今回は亜樹と黒沢も戦える手になっていた。例によって供託は豪華なため、なんとしてでもアガリたい状況だ。
中盤に入っても多井の手はなかなか進まず、ひとり置いていかれてしまった格好に。
亜樹に先制リーチが入った。待ちのピンフ形で、全員がをいらなそうな河になっているかなりの好感触だ。全員手の内に持っておらず、山には4枚残っていた。全員が前に向かっている状況なら平気で出てもおかしくない。
勝負ありかと思いきや沢崎にもテンパイが入った。テンパイになればもう打点十分なので撤退することはないだろう。後半の山場を迎えた。待ちは。しかし山にはなかったのが痛かった。
亜樹と沢崎に挟まれる格好になった多井。自らの手もテンパイできそうなところまで持っていったので、手の中に安全牌は残っていない。これは難しい状況判断になった。
多井はじっくりと時間を使う。その空気の重さを切り裂くような声が放たれた。
「お手洗い行きたいです」
それは黒沢の声だった。亜樹が黒沢のほうに顔を向ける。一瞬、いや10秒ほどMリーグの音が止まった。解説の土田浩翔プロに実況の日吉プロという、トークが止まったら死ぬ時と言わんばかりのコンビもこの時は静まり返っていた。
筆者はもうずいぶんMリーグを見てきたが、対局中の申告は聞いたことがなかった。その局が終わってから休憩を告げるものだと思っていたので、筆者は面食らった。ふと頭をよぎったのが多井、沢崎、亜樹の3人が全体的に時間を使っていたことである。一方で黒沢はいつもどおり淡々と打っていた。
こういうことは書かないほうが吉なのだがあえて記しておきたい。Mリーグも佳境に入って一打一打が非常に重くなってきた。1回の放銃やアガり逃しが致命的な状況になりかねない中で、選手たちもいつも以上に考えるわけである。その苦悩が見ていて面白いのだが、筆者のようなライトな目線と、麻雀にどっぷり漬かった方とでは見る目も違うかもしれない。要は「もっと早く打て」というものだ。
黒沢のあのタイミングでの申告は催促に見えてしまったかもしれないが、Mリーグの公式戦ルールにも摸打欄で「遅すぎることは避ける」と書いてある。将棋村の出身である筆者はいくらでも待てるのだが、テンポよく見たいという方のほうが多いだろう。と、ここまで書いてずいぶん説教臭くなってしまったなと後悔するのである。馬耳東風と思って読み流してほしい。
多井は打として攻めた。次巡に沢崎がを打ち出す。もうこの手だと止めるわけにいかないだろう。亜樹がやや意外そうな感じで「ロン」と発し局が終わった。
対局席が映る。ピリピリしたムードかと思いきや、そんなことはなかった。
南3局から打牌のテンポが上がっており、ほどなくしてオーラスを迎える。
多井は満貫ツモでトップ条件であった。
待ちはとかなりいい。というと前半の悲劇を思い返してしまうが果たして。
逃げ切りたい黒沢は上手の手格好。まっすぐ攻めるならで三面張のリーチをかけたいが、は通っていないうえに着落ちのリスクがある。ここは打とした。多井の現物であり、の出アガりが利くようになっている。
つらい状況だったのは沢崎だ。ドラのを暗刻にしたのだが、頭ができておらずテンパイを逃している。チャンタを狙っていたのでやむを得ないが、どうも難しい判断を迫られていた。
えいっと浮いているを切ったがこれが多井の当たり牌となった。テンパイでないのでかなり思い切った一着だが、これを切らなければ勝機がないと判断したのだろう。前巡に切っていればと悔やみたくなる。
さあ裏ドラタイムだ。多井の手はリーチ一発タンヤオピンフ赤で8000点の手。裏が1枚でも乗れば黒沢をまくって逆転トップとなる。