南2局ピンズ払い
黒沢咲・衝撃の一打の思考と後悔
文・東川亮【金曜担当ライター】2024年3月8日
第1試合
東家:高宮まり(KONAMI麻雀格闘倶楽部)
大和証券Mリーグ、3月8日の第1試合。
南2局。
黒沢がダブをポン。ピンズで1メンツができており、リャンメン2つの1シャンテンにとれる。あるいはリャンメンのどちらかを払ってシャンポン受けを残すか。いずれにせよダブのみの2000点とはいえ、ボーダー争いのライバルである風林火山・瑠美の親番を流せるのであれば、アガリの価値は決して小さくはないだろう。
だが、間髪入れずに黒沢が牌を切り、
「うわあああああああっ、すごすぎるっ!」
解説を務めた河野直也が叫んだ。
「これは想像が追いつかなかった!」
体調不良の小林未沙に代わって急遽Mリーグ初登場となった、実況担当の古橋崇志が視聴者の思いを代弁する。
黒沢はなんと、目先の2000点のアガリではなく、ピンズをまるまる1メンツ落として満貫を狙いにいったのだった。
全員が2万点台という接戦、2000点をアガって局を進めたところで勝率はどこまで上がるのか、もっと言えば、そもそもこの手がすんなりアガれるとも限らない。ならばと勝負する価値のある手まで育てるルートを選んだ。
当の本人はすました顔。さも当然と言わんばかりである。
すぐにもポンできて、2000点の1シャンテンが満貫になって帰ってきた。親の現物をキープし、から処理する。
だが、そんな黒沢に高宮が待ったをかけた。
タンヤオピンフ、盤石の待ち3メンチャンテンパイで、堂々とリーチを宣言。
このとき、黒沢の手はまだ1シャンテン、しかもロン牌のが残ってしまっていた。一発放銃こそ避けたが、
次巡、高宮が力強く一発ツモ、裏ドラは乗らずも2000-4000。一気にトップ目へと躍り出た。
高宮はリーチに至るまで、の役なしシャンポン待ち、
そしてピンフの待ちと、2度にわたってテンパイを外していた。
接戦とは言えラス目、黒沢同様、ここで重い一撃を繰り出すことが戦況を変えると理解してのことだろう。連続形があって工夫がしやすいところもあった。いずれにせよ、高宮としては最速かつ最高の形でアガリをものにしたことになる。
ただ、南3局ではたろうがカン待ちリーチに踏み込み、見事にツモって2000-4000のアガリを決め、大きく抜け出す。たろうとしても、この手をダマテン2600にしたのでは勝利ににじり寄りこそすれど決定打にはならないと、覚悟を決めての勝負だった。
最終局はリーチの瑠美とダマテンの黒沢がぶつかり、黒沢の放銃で瑠美に軍配。アガれば3着浮上の黒沢だったが、最終的にはラスで試合を終えた。トップはたろう、これで3連勝と絶好調である。
試合後、南2局の選択について黒沢にLINEで質問をしてみた。文章には「自分だったら風林火山の親番を流すことを重視して1シャンテンにとってしまいそう」と、自分の考えについても付け加えた。しばらくして、黒沢から丁寧な返信があった。
「2000点で蹴ってもそのあと上がっていくイメージが持てなかったので、を鳴くならホンイツに行こうと思いました。そうでないならリーチ手順にする手もありました」
上がっていくイメージ。試合後のインタビューでも同様のことを言っていたが、これは感覚的なもので、合理的・論理的ではないのかもしれない。ただ、黒沢自体はその感覚を大事にしながら勝ってきたはず。やはり舞台に立つ身でしか分からない、感じないこともあると思うし、人間がやるゲームである以上、尊重されるべき考え方だと思う。個人的には、すごく黒沢らしいなと思った言葉だった。
一方で、黒沢はこの局に関して悔やんでいることもあったという。
、と鳴いた後、瑠美から切られたをポンしなかったことだ。
は鳴いてもテンパイではないが、現状ではテンパイする牌がの3種のみなのに対し、をポンすればテンパイする牌はと7種に増える。その場合は単騎テンパイになるケースも増えるが、それでも満貫に向かって仕掛けた以上はがむしゃらに行ったほうがよかった、ということだった。
実際、普段はほとんど鳴かない黒沢がまでポンしていれば、いわゆる「黒沢ブランド」によって、相手は相当に打ちづらくなっていたはずだ。まさかまだ1シャンテンとは思うまい。
筆者は以前、黒沢の戦術本の構成に携わったことがあり、そのときには黒沢がMリーグで戦った試合2年分の牌譜を全て見直している。彼女がMリーグでどのような麻雀を打つか、そしてどのような考え方をしているかはある程度理解しているつもりだし、それを踏まえると、正直に言って今回みたいに仕掛けを強いられるような手牌が多い展開は、黒沢にとってあまり得意な形ではないと思う。
ただ、そのなかでも黒沢は黒沢らしく高打点を目指し、大胆な打牌選択をしていた。そして試合後の雷電ユニバースの声も、そんな彼女の麻雀を支持し、応援し、激励の言葉を送るものがたくさんあった。本当に温かいと感じる。
雷電は第2試合に出場した萩原聖人もラスを引き、痛恨の連敗で順位を8位に落とした。しかし、まだセミファイナルは十分射程圏内。そして、こういうしびれる局面でみんなを笑顔にしてきたのが、黒沢咲という打ち手だったはずだ。その再現を、ユニバースは待っている。