渡辺太、
合理と勇気が起こすシンギュラリティ
文・東川亮【金曜担当ライター】2024年4月26日
朝日新聞Mリーグ2023-24セミファイナル、4月26日の第1試合。
南3局3本場、局の中盤で、渡辺太に役なしドラ1、ペン待ちのテンパイが入った。直前には、を暗槓した伊達朱里紗の先制リーチが入っている。
自身は微差のトップ目で、相手はラス目。もしも放銃すれば、ラス落ちすらあり得る状況。受けの選択も、十分に考えられた。
もしかしたら彼は、このリーチをかけるために今まで麻雀を続け、Mリーグにやってきたのかもしれない。
第1試合
東家:伊達朱里紗(KONAMI麻雀格闘倶楽部)
この日は、4位・赤坂ドリブンズ、5位・KONAMI麻雀格闘倶楽部、6位・渋谷ABEMASの直接対決だった。現状はある程度のリードを作っているが、ここでドリブンズが下位2チームに敗れることがあれば、いよいよボーダー争いの渦中に巻き込まれることになる。
麻雀格闘倶楽部は伊達、ABEMASは多井を起用。何よりも結果がほしい状況において、今最も信頼できる選手と言えそうな2人である。
かかる重圧は想像もできない。そして人は重圧によって、良くも悪くも心が揺らいでしまう生き物である。それはネット麻雀の世界で唯一無二の実績を残し、麻雀AIのモデルにまでなった太とて、例外ではないはずだ。
とはいえ、太は序盤から、太らしいアグレッシブな麻雀を見せる。東1局に瑠美から満貫をアガった次局には、速攻で3つ鳴いてテンパイ。ライバルである多井の親を落とすために、最速でのアガリを目指していく。
さらには4枚目のを引いて加カン。
現状ではたかだか2000点の愚形待ち、他3者は門前であり、後のリーチのリスクを考えればカンをしないほうが安全に思えるが、それでも太はリンシャンによるアガリ抽選、新ドラでの打点アップを狙った。
このカンがダマテンを入れていた瑠美のリーチを誘発してハネ満をツモられてしまうが、それは結果論。
太は東4局でも伊達の切りリーチに対し、ホンイツドラ赤の満貫テンパイ・単騎待ちから一発でつかんだを少考の後にプッシュ。自身の打点とアガリ目、そして放銃率のバランスから、ギリギリを攻めていく。この局は流局に終わったが、太が状況に日和らずいつも通りの麻雀を打てていることがうかがえた。
ただ、そこまでは東場であったり自身が2番手であったりと、理由を付けることはできた。そこから試合は南3局まで進み、太は親番で微差のトップ目。もちろん自身の加点は狙いたいが、放銃による失点はなんとしても避けたい。
そうして迎えたのが、冒頭の状況である。
全体牌譜を見てみよう。白い牌が手出し、黄色くなっている牌がツモ切り、暗くなっているのは鳴かれている牌。
伊達のリーチは暗槓の直後で、東のトイツ落としをしていることから良形の可能性が高そう。ただ、太のテンパイ打牌は伊達の現物で、この瞬間は伊達に対しては安全にテンパイを取ることができる。
そこまではいい。一番の問題は、この手がアガれるかどうかだ。その観点からペン待ちを考察すると、ピンズはど真ん中で分断されているだけでなく、太目線でが3枚、が2枚が見えており、は生牌とはいえまだ山に残っている可能性は高そうだ。リーチをすれば伊達からの出アガリだって期待できる。
そして、点数状況。相手の良形リーチに対してオリることは可能だが、その場合は伊達がツモろうが流局しようが、結局微差でオーラスを迎えることになり、ラス落ちのリスクは残る。伊達のリーチは最低でもリーチ赤の出アガリ3200、ツモって1300-2600からで、もしハネ満ならその時点でトップ陥落。
リーチで無防備になるリスクと、アガリを取るリターン、そしてその可能性。全てを考えた上で、太はこの待ちなら勝負になる、勝負するべきと決断し、リーチをかけた。
リーチまで、しばしの間があった。AIならば、ネット麻雀の世界ならば、冷静に合理的に判断を下し、一切の逡巡なくリーチをしたのかもしれない。しかし彼は人間であり、ここはMリーグだ。負けて失ったポイントを取り返す機会は極めて限られ、何よりも彼の勝ち負けにはチームの浮沈が懸かっている。安全策だって、採ろうと思えば採れた。それでも自身のため、そしてチームの勝利のために、踏み込んだ。
太は麻雀の理に極めて明るい。それだけの研鑽を積んできた。自信もあるだろう。けれども、麻雀はしばしば理を覆すような結果になることも彼は分かっているし、それが今訪れるかもしれないという恐さだってあったはずだ。時間をかけるほど増していく恐怖のなか、それをねじ伏せてリーチをかけられる打ち手が、果たしてどれだけいるだろうか。
そして─
その恐怖を乗り越えた先に勝利があることだって、もちろん彼は知っている。
伊達がをつかんだ。太のアガリだ。
裏ドラ2枚をめくる手がおぼつかない。震える手は、彼がAIなどではなく、紛れもない人間であることを証明しているかのように見えた。打点は3900は4800と、それほど高いわけではない。しかしこのアガリにこそ、太の本質が詰まっているのではないだろうか。
それは、彼がMリーグという舞台でも己を貫き、合理を結果に結び付けるための「勇気」を持っている男だということだ。
勝負どころを制して加点と連荘に成功した太は、次局には再び愚形リーチを仕留めると、
南3局5本場にはチンイツ一気通貫の18000は19500を決めて勝負あり。
大一番を自らが培ってきた麻雀で制し、太は試合後に「プロ人生としてみても大きな半荘」と振り返った。